「多様性(ダイバーシティ)」という言葉が、ツイッターなどのSNSでもすっかり目立つようになり、「ダイバーシティ」は「インクルージョン」という言葉とセットで、ビジネス用語としていまや一般的になりつつある。今後、新型コロナウイルス感染症の拡大が終息すれば、なおさらキーワードになっていくにちがいない。では、その“ダイバーシティ&インクルージョン”は、どう生まれ、日本においてはどう展開してきたのか――いま、その歴史を振り返ってみよう。(ダイヤモンド・セレクト「オリイジン」編集部)
『インクルージョン&ダイバーシティ マガジン「Oriijin(オリイジン)2019」』から転載(一部加筆修正)

「ダイバーシティ」は、もともとアメリカで生まれ、広まった言葉

 「ダイバーシティ&インクルージョン」は、日本語では「多様性の包含・受容」などと訳され、あらゆる人々との共生社会の実現を目指すキーワードとして、ここ数年で広く知られるようになった。この言葉は、歴史的には、移民国家であるアメリカで生まれ、広まったものだ。

 1965年、公民権法に基づき米国雇用機会均等委員会(EEOC)が設置され、「ダイバーシティ」(人種・肌の色・性別・出身地・宗教・ジェンダー・人種・民族・年齢等の違い)による雇用差別を受けたと感じた人は誰でも訴えを起こせるようになった。

 1980年代以降になると、アメリカでは大手企業を中心に、競争力を高める人事戦略として、多様な人材を組織内で融合する「ダイバーシティ&インクルージョン」の考え方が広がった。

 一方、日本においては、共生社会の実現という意味では、戦前の水平社設立あたりまで遡ることができる。そして、戦後、この「ダイバーシティ」の概念は、まず、女性の社会進出としてクローズアップされてきた。