変わり始めた
組織のパワーバランス
後藤:私がいま関心を持っているのが、新しい技術が導入されることで新たな役割の人たちが入ってくると、組織内のパワーバランスが変わってくるのではないかということです。
先ほどのパートナー弁護士とアソシエートの関係もそうですが、技術進化の著しい医療機関でも同じような状況が見られます。たとえば手術支援ロボットが導入されたことで、従来の外科医と、ロボット操作を補助する技師や周囲の看護師との間で、依存関係や影響力に変化が生じたという研究もあります。監査法人でもそのような傾向が見られますか。
小川:変化の兆しはありますし、むしろもっと変わっていかなければならないと考えています。私が室長を務めているあずさ監査法人の次世代監査技術研究室は約60人のメンバーで構成されますが、その内訳は、公認会計士とIT専門家、そして新たに採用したデータアナリストがそれぞれ3分の1ずつ、といったところです。そこでいつも私が言っているのは、「新しいメンバーの意見を尊重・優遇する」ということ。つまり、データアナリスト、IT専門家、公認会計士の順番です。
たとえば、会議や普段のちょっとした打ち合わせの時にも、会計の専門用語はできるだけ使わないようにしていますし、データアナリストが会計士の話を理解し切れない場合、会計士はそれをわかってもらえるまで説明しなければなりません。たとえ監査法人であっても、誰もがわかる言葉で説明し、みんなに理解してもらう責任は、前からいる会計士の側にあるからです。
組織が持っていなかった知を取り入れて新たな価値を生み出したいと考えているのに、前からいた人の声ばかりが目立つようでは、既存の発想や行動スタイルから抜け出すことはできません。マイノリティに配慮し、マジョリティと混じり合うことで価値が生まれるのであって、単に多様な人材を集めただけでは、期待する効果は得られないはずです。
当事者意識が
経営を進化させる
後藤:組織のあり方や個人の生き方に変化を起こし始めているAIですが、現在のような過熱したブームがいつまでも続くとは考えられません。問題は沈静化した後です。私が懸念しているのは、「やったふり」のまま終わらせてしまうことです。
いろいろな会社のトップがAIの活用に関する発言をしていますが、実態が伴っていないケースも珍しくありません。いわゆる本音と建前の使い分けです。対外的には先進的なテーマを進めていることになっていても、中身は大して変わっていない。それは、現場がそんなものはいらない、できないと思って、うまくやり過ごしてしまうからです。そしてトップもそこに無理には突っ込まず、微妙な平穏の中で時間が過ぎる。AIの場合は、経営層に正確な知識が足りない、という別の問題もあるかもしれませんが。
しかし、「やったふり」から得られる学びは限定的です。こうした意図せざる不実行を放置しておけば、ゆでガエル状態に陥る危険性が高く、気づいた時には、AIビジネスもデジタル経営も周回遅れになっているかもしれません。
小川:誰よりも早く実行し、多く失敗すること、そしてそこから学習することが重要で、特にデータが価値を持つ世界では、失敗に関連するデータおよびデータ分析の経験でさえ、貴重な財産となります。だから私たちもいち早く「次世代監査」を掲げて、チャレンジしてきました。監査品質を落とすことは絶対にありませんが、すべてのケースで見込んでいた効率化が実現しているわけではありません。それでもとりあえず走り出してみる。そして、走りながら考えて、必要な修正を加える。このチャレンジが、監査はもちろん、経営にも貢献すると考えています。
後藤:そうですね。ダメだったらすぐに進路を変える勇気も必要だと思います。当然痛みも伴いますが、急カーブでも90度の直角でも曲がり切ると決断して、それを実行できる組織をつくること。それができれば、たとえすぐには成功しなくても、「やったふり」ではけっして得られない学びを手に入れることができるはずです。
小川:これはもうトップだけでなく、仕事をするすべての人に課されたチャレンジなのだと思います。業種や職種に関係なく、定型的な業務や、誰かに指示された通りにこなせばいいような仕事は、近い将来、機械かアウトソーサーに代替されるでしょう。
その時、自分の居場所がどこにあるのか不安に感じるのなら、会社をよりよく、より強くするために自分がどう貢献できるかを、それぞれの持ち場で考えて、行動するしかありません。一億総経営者と言えば大げさに聞こえるかもしれませんが、ミドルから若手まで、あらゆる層に当事者意識が求められる時代なのです。
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