AIによる経営の高度化や新ビジネスに関する記事をよく目にするが、投資額を見る限り、本気で取り組んでいる日本企業はそう多くはない。よそがやっているからうちも何もしないわけにはいかない──そんな本音も透けて見える。しかし、一時のブームととらえてやり過ごすには、この革新的技術の波はあまりにも高くて激しい。安易に乗れば地面に強く打ち付けられるし、タイミングをつかめずに見送ってばかりいれば先駆企業の後ろ姿さえ見えなくなってしまう。すでに到来したAI時代は、企業経営にどんなインパクトを与えるのだろうか。
業務の仕分けが進む
「AI経営前夜」
小川:AIが経営をどう変えるのかが、いま盛んに議論されています。近い将来AIが経営判断を下すようになると言う人もいれば、当面はルーチン業務の代替によるコスト削減が主だと見る人もいる。評価や期待の大きさはまちまちですが、一つ言えるのは、誰も無関心ではいられないということでしょう。
我々の監査業界でも、ビッグデータ解析や会計の異常値を検出するシステムの活用などの本格的な検討が進んでいて、業務の効率化や高度化につながることが期待されています。
後藤:その一方で、AIが人間を支配するおそれがあるとか、仕事が奪われるのではないかといった脅威論も、根強く見られます。まさしく誰もが無関心ではいられないということなのでしょう。後から振り返れば、この1~2年は空前のAIブームの年だったと位置付けられるはずです。情報が飛び交う中で危機感を募らせた経営陣から、「うちも何かできないか考えよう」と命じられた担当者が慌てて検討する。そんな動きがあちこちの組織で見られました。
ただ、現実にはAIが経営全体に大きなインパクトを与えるところまではいっておらず、その前段階にあると言っていいのではないでしょうか。組織の視点で、現状かなり進んできたのは「業務の仕分け」です。従来ひとかたまりで曖昧だった「Aという職業」や「Bという役割」の業務を細分化して可視化することが、AIを何に使えるか考える前提となるからです。個々の業務は代替可能性によって何段階かに分かれます。たとえば代替しやすい定型業務、人間が必要な業務、その中間のグレーゾーンなど。こうした可視化を進める圧力が、あらゆる仕事で高まっています。
またその結果、AI以外の打ち手が有効なこともあります。定型業務では、RPA(Robotic Process Automation)やコストの低いアウトソースで費用対効果が十分に出ることもある。つまり重要なのは、AIありきではなく、人間が本当にやるべき仕事を再定義し、それに集中するための選択肢を考えることです。
小川:監査業界でも、業務の仕分けがいままさに進行中です。理由の一つは、データ分析やAIなどのテクノロジーが監査の世界に入ってきたこと。テクノロジーを活用した監査を行ううえでは、会計士もデータ分析やシステムについてある程度は理解しなければなりませんが、当然ながら限界はあるので、それぞれの分野の専門家の力が欠かせません。AIエンジニアやデータアナリストなどに任せる、ロボットやシステムに代替する、オフショア・アウトソーシングを活用するなどの振り分けが進んでいます。その結果、公認会計士がやるべき仕事が以前より鮮明になってきたように思います。
そして、監査業界で業務仕分けが進んでいるもう一つの理由は、監査対象企業の経営そのものが大きく変化していることです。経営のグローバル化やデジタル化に伴って、会計監査人にもかつてないほど幅広い知識や情報が求められるようになってきました。各国の会計基準や各種規制のほかにも、デジタルビジネスに対する理解や、AIやブロックチェーンなどの先進技術の知識などが必要とされる場面が増えています。これらを一人の会計士がすべてカバーすることは不可能で、ここでも他分野の専門家の知見や情報が欠かせなくなっています。
従来の監査法人は、会計士が9割を占めていて、残り1割がアシスタントなどの補佐的な業務を担当する人たちで構成されていました。パートナーを頂点とする、言わばピラミッド型の組織です。それが、他分野の専門家などが加わったことで、プロジェクトごとにメンバーが集まり、有機的につながり合うネットワーク型の組織に変わりつつあります。監査法人に限らず多くの組織で、こうした専門性の分散や組織形態の変更が進行中ではないかと思います。
その意味で現状は、AIによる学習と判断が経営をサポートする前段階、まさに「AI経営前夜」だといえるでしょう。