仕事や収入にも
ポートフォリオが必要な時代

後藤:業務の仕分けが進むと、「仕事のパッチワーク化」が起こります。つまり、仕事の一部がなくなったりシステムに代替されて、残った業務をつぎはぎした歯抜け状態になる。それが、仕事がなくなる不安と結び付いています。

 効率化して空いた時間で、人間はより付加価値の高い新しい仕事をすればいいのですが、そのような新しい仕事を自分で定義するのは簡単ではありません。さらに言えば、すべての人がそういう仕事にすぐシフトできるわけでもない。求められる能力やスキルと、本人のそれとのギャップが、今後大きな問題となるはずです。

 ギャップの解消には、逆説的ですがデータ分析と可視化を活用するのも一つの考え方です。その領域で高い付加価値を生む人材がどう仕事をし、それがどう成果につながるのか、具体的なプロセスを徹底分析する。それを誰にでも理解できて真似しやすい手法やツールに落とし、それに基づく人材育成を強化することは有効でしょう。もちろん、そもそも高い付加価値とは何なのか、どういう領域のハイパフォーマーを参考にすべきかなどは、人間が工夫する必要があります。それでも、従来は一部の人だけが実践していた思考や行動の技術を、普通の人が学んで実践することは、ある程度は可能なはずです。

小川:会計士の中にもスキルギャップに悩んだり、マインドチェンジが求められたりする人が出てくるのは避けられないように思います。もちろん経験を積んだ会計士は、会計知識や実践を通じて培った監査人としての能力では誰にも負けないという自負を持っています。プロフェッショナルである以上は当然のことですし、そうした矜持も持てないようでは監査の質は保てません。

 ただし、監査の高度化に伴い、他分野の専門家やさまざまな立場の人材とチームを組んで監査を行う場合、それだけでは不十分です。現在でも、大企業の監査となれば数十人規模の監査チームを組みますが、会計士だけのチームとそうでないチームとでは勝手が違うのは当然で、これまでとは別のスキルや考え方が必要となってきます。多様な人材をまとめて力を引き出すインクルージョンやリーダーシップのスキルも必要だし、複雑で広範なプロジェクトを完遂させるためにはプロジェクトマネジャーとしての役割も果たさなければなりません。

後藤:そうした変化に対する受け止め方は、人によって大きく異なります。学生を見ても、二極化しているように感じます。あと30年は食べられそうな仕事があれば教えてほしいという発想の学生と、そんなものはあるはずないのだから、とにかく自分で生き残る力をつけようと考えるタイプ。変化に前向きな後者の学生は、すでに起業しているなど、早いうちから行動しています。一生安泰な会社や仕事などはなく、一方で技術を使って個人が世界を変えられる余地が広がる中、自分で切り拓くのが当然と考えているようです。

 販売員や運転手など、機械に取って代わられる仕事がいろいろといわれていますが、どれが残ってどれが淘汰されるかを予測することにそれほど意味があるとは思えません。どんな仕事もどんなスキルも価値を失う可能性がある時代を、私たちは生きているからです。大切なのは変化に適応する力で、そのためには一つの会社や一つのやり方に依存するのではなく、仕事や収入のポートフォリオを持って、状況に応じて組み替えができるようにしておくことが重要でしょう。

小川:若い世代の意識の変化は、採用活動などを通じて私も感じているところです。会計士試験の合格者がみんな、大手監査法人を目指すような時代ではありません。

 『ライフ・シフト』(東洋経済新報社)の著者であるリンダ・グラットンは、かつて教育、仕事、引退の3つのステージに分けられていた人生のステージが、長寿化によってマルチ化すると述べていますが、いまの若者たちは誰に言われるでもなく、それを予感しているように思います。生涯にわたる学習と仕事、それに仕事から離れる期間などが混ざり合い、何度も働き方や生き方を再設計する──そういう人生を、好むと好まざるとにかかわらず歩むことになる。彼らは、そうした未来を見ているのではないでしょうか。

 そんな若者たちに、「監査法人に入ってパートナーや先輩会計士の下で20年も丁稚奉公のように働けば、一人前の公認会計士になれる」と言っても、心に響くとは考えられません。このまま手をこまねいて若者の会計士離れが深刻化すれば、資本市場を支える会計監査の危機につながるおそれさえあります。

 私たちの世代が、それこそ20年、30年かけて磨いてきた職業的な勘と経験を形式知化してAIに教え込み、そのAIが数年の経験しかない若い会計士の監査業務をサポートするといった将来は、それほど遠いものではないように思います。よくいわれる「取って代わられる」といった脅威論ではなく、人間とAIがお互いの強みを発揮して弱点を補う協働の世界が実現するのではないでしょうか。