人間の関わり方が
重要になる
今年(2019年)の世界経済フォーラムでは、AIが世界中の不平等を悪化させる可能性が議論されました。AIやビッグデータを数学的破壊兵器と呼ぶ数学者もいます。過激な言い回しはともかく、アルゴリズムの不透明さや偏ったデータセットによる潜在リスクに警鐘を鳴らす意見は、根強くあります。監査や経営においても、理念やモラルが見失われるおそれはありませんか。
そうしたリスクがあるのは事実でしょう。ナイフやハサミは私たちの生活には欠かせないものですが、使い方次第で人を傷つける凶器にもなるのと同じです。だからこそ、人間がどのように関わるかが重要になるのではないでしょうか。
経営者であれば、理念やビジョンという軸を見失わず、それらに基づいてデータをとらえ、行動につなげること。会計士であれば、資本市場の根幹を支える存在であるという自負を忘れずに、監査のグランドデザインを描き、経営者のパートナーとなって目標の実現に貢献すること。こうしたことは人間にしかできないし、そのために鍛錬を積み重ねていく以外にないと考えています。
日本発の次世代監査を
追求する
AIやビッグデータの活用では、アメリカや中国に比べて日本の立ち遅れが目立ちます。監査の分野においても、同じような状況なのでしょうか。
率直に言って、そうした事実があるのは否定できません。KPMGでは2011年頃より、データ分析のためのさまざまなツールのR&Dに着手しており、私たちあずさ監査法人もメンバーファームの一員として協力してきました。
その成果の一つが先ほどお話ししたKAAPで、ほかにも仕訳の分析を自動化して可視化するツールなど、独自のツールや技法を実際の監査業務で活用しています。
ただ、ベースとなる企業環境や企業が利用しているシステムおよびデータがグローバルのものを前提としているので、そのまま日本で使おうとすると必ずしも当てはまらない場合があります。
ただ適用しているだけでは日本に知見がたまりません。データ分析やAIによる推定が正しかったかどうかを検証し、それを手がかりにさらに進化させるためには、日本独自のデータやシステムを開発して実用化する必要があります。
ですから次世代監査技術研究室では、ITの専門家やデータサイエンティストなど会計士以外がメンバーの3分の2を占めています。それぞれの分野のプロフェッショナルが三位一体となって高度なデータ分析に取り組むことが、日本の監査の高度化と効率化につながると考えています。
会計監査と密接な関係にある内部監査の領域では、ITコンサルティングファームやSIベンダー系も技術力を武器に、事業を強化しています。次世代監査におけるあずさ監査法人の強みは何でしょうか。
近年、監査役監査、内部監査、会計監査の三様監査の連携についてさまざまに議論されていますが、それぞれの異なる目的を明確にしたうえでコミュニケーションを深める必要があるのは論を待ちません。先ほどお話ししたような会計監査の新しい技法とその結果を共有し、将来的に内部監査においてもKAAPなどのシステムを導入すれば、たとえば異常な取引があっても発生と同時に検出することも可能になります。こうしたスムーズな連携は、監査法人を母体とする我々だからこそできることです。
さらに言えば、問題を発見するだけでは企業の健全な成長にはつながりません。異常な会計処理を検知したのであれば、その背景に何があるのかを推察して調査を行い、再発防止を支援する。そこまでやって初めて、問題の解決に貢献したといえるはずです。
総合力をもって真のパートナーとして経営に寄り添うことができる――これが私たちの最大の価値だと考えています。
- ●企画・制作:ダイヤモンド クォータリー編集部