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AIがリアルタイムですべての取引に目を光らせる常時監査が、現実のものとなりつつある。海外子会社を舞台とする不正の抑止にもつながると期待されるが、そのためにはグループ会社間で業務プロセスやシステムを統一する必要があり、買収先の自主性を尊重するという美名の下に統合を怠ってきた日本企業にとって、簡単なことではない。先端テクノロジーを活用した監査は、経営にどのような価値をもたらすのだろうか。
全取引、リアルタイム監視を
可能にするAI監査の実力
編集部(以下青文字):データ分析やAIなどを活用した次世代の会計監査が始まっていると聞きます。どこまで実装が進んでいるのでしょうか。
小川(以下略):先端テクノロジーを駆使した監査の目的は、財務諸表の重要な虚偽表示を見逃さないようにすること、つまり監査リスクの軽減です。その点においては、従来の会計監査と何ら変わりません。
これまでも会計監査人は、過去の事例を分析したり統計技法を用いるなどして、みずからの知識と経験に基づいて判断してきました。しかし、監査対象は企業活動の拡大や複雑化に伴って膨大し、結果として監査人が会計不正を見逃してしまうケースが相次ぎました。
企業が行う取引のうち一部だけを検証する試査や、リスクの高い領域を重点的にチェックするリスクアプローチといった従来の方法だけでは、監査に対する社会の期待に十分に応えられなくなってきています。
あずさ監査法人ではそうした期待ギャップを埋めるため、2014年に次世代監査技術研究室を新設し、先端テクノロジーを活用した監査技法の多様化に取り組んできました。
具体的には、どのような技術が用いられるのですか。
先端テクノロジーというとどうしてもAIに目が向きがちですが、主眼は重大な誤謬や会計不正を見逃さないようにすることです。そのためにビッグデータ解析やRPA(Robotic Process Automation)による監査の品質向上および効率化も同時に行っており、「AIありき」ではありません。
たとえば、ERP(Enterprise Resource Planning)から財務データと非財務データを自動抽出して、そこに含まれる情報の関連性やログを分析する技法などがすでに実用化されています。KPMGがグローバルで開発し、実際の監査業務でも活用しているKAAP(KPMG Automated Audit Procedures)はその一つです。
とは言え、AIが次世代監査のキーテクノロジーであることは間違いありません。では、AIによって何が変わるのかといえば、過去の不正事例などのデータを機械学習することで、これまで見落とされていた異常取引までも発見できるようになると考えられます。試査に代わってAIがすべての取引を対象とする精査を行い、無数のデータを多面的に分析すれば、人間では気づかない関係性を識別することも可能です。
AIは疲れを知らないし、長時間労働を気にかける必要もない。働き方改革が進む監査現場のニーズにも合致しています。
そのうえ学習機会が増えるほど精度が上がっていきます。現在のような監査は19世紀のイギリスで始まったといわれていますが、当時は取引量が少なく精査によって不正や誤謬を見逃さないようにしていました。ところが企業がどんどん大きくなって個々の取引を検証することができなくなったため、一部を抜き出してチェックする試査に移行した歴史があります。しかし、会計不正が後を絶たない現実は、この言わば代替的手法の限界を示しています。AIによる監査は、こうした問題を抜本的に解決すると期待されます。
経営者の関心は、そうした監査の高度化が企業にとってどのようなメリットをもたらすのかという点にあります。
自社の事業や企業統治に関する新たな気づきが得られるようになります。たとえば、これまで当たり前だと思っていた取引の問題点を認識できるようになるかもしれません。
海外も含めて組織が大規模化するにつれて、企業活動の全体像をとらえるのが本社でも難しくなっています。異常な仕訳や出金があっても、月次の集計か悪くすれば四半期決算を待たなければわからないということも珍しくありません。
この問題を解決する一つの方法として期待されているのが、常時監査です。
企業のシステムと監査法人のAIシステムがネットでつながってデータをやり取りすることで、異常値があってもリアルタイムで自動的に把握できます。将来的にはリアルタイムで監査報告書が作成できるようになるかもしれません。
また、ビジネスプロセスとその結果が客観的なデータとして示されることで、自社の事業に対するより深い理解が得られます。どこにさらなる効率化の余地があり、どこに成長機会があるのかといったことまで洞察することも可能で、経営者の方が直接関心があるのはこちらのほうかもしれません。会計監査の高度化はリスク管理のみならず、事業を拡大するうえでも不可欠です。