データこそ
次なる競争優位の源泉

 あらためて“Data is the new oil”(データは新しい石油)といわれているように、欧米企業は、DXを通じて利益率の高いデータドリブンなビジネスモデルへと転換を果たし、高収益経営を実現しました。

森川:私は、かねてから「リアルデータ」の重要性を指摘してきました。リアルデータとは、現場で収集された価値創造の源泉となるデータのことです。残念ながら、まだまだリアルデータが絶対的に不足しています。

 最近、インフラデータについて議論されることも多いのですが、たとえば、橋梁の老朽化を判断するのに、十分なリアルデータが揃っていないのです。山梨県の笹子トンネルで天井板落下事故があった時にも、データの重要性が認識されましたが、有識者会議で安全対策に向けたデータの利活用について提案したものの、データがなかったため、かないませんでした。

 ですから、まだデータを収集・蓄積するフェーズにあると思います。医療の世界では、コホート研究といって、現時点において病気にかかっていない人を集めて長期間観察することで、ある要因の有無が病気の発生や予防に関係しているかどうかを調査します。これと同様に、インフラについても将来にわたってデータを収集・蓄積していくべきです。なお、そのためには国や自治体の支援が必要でしょう。

 大企業も、自社事業に関するリアルデータの収集に本気で取り組むことで、次なる成長への道筋が見えてくるのではないでしょうか。その際、最初から「このデータはこのように活用する」と決め付けてしまうと、貴重な活用の機会が損なわれかねません。特にリアルデータには、思いも寄らない形で成果へとつながる可能性があります。

 自分たちしか知りえないデータの価値は、先覚的な企業ではすでに認識されています。

藤井:データの重要性については、多くの人が認識するようになりました。ただし、一口にデータの収集と言っても、企業の現場では一筋縄ではいきません。

 多くの企業では、計画があって初めて予算がもらえます。データの価値や使い道がはなからわかっていれば問題ありませんが、収集して分析してみないとはっきりしないということが少なくありません。ですから、とにかく何でも収集するというわけにはいかないのです。

 また、自分たちにとっては無価値でも、他部門や他社にとってはお宝かもしれません。あるいは、別のデータとつながることで価値が生まれてくることも考えられます。要するに、データ収集の意義やその可能性をあらかじめ予見することは難しいのです。

 しかし、こうした制約を超えて、あえて一歩踏み出すことができれば、DXはより実りあるものになり、まさしく次なる競争優位の源泉を獲得できると思います。

 DXに限らず、変革の成功には、階層や部門の壁を超えた取り組みが必要だといわれてきました。また驚いたことに、「DXを買う」という考え方のシニアマネジャーもいるようです。経営トップがDXの必要性を本気で理解しない限り、担当者だけではおのずと限界があります。

森川:DXで既存事業が変わる、新規事業やイノベーションを生み出せるといった期待の一方で、それなりに順調な既存事業も壊されてしまうのではないかといった危機感を抱いている経営者は、少なくありません。

 既存事業の成長が「知の深化」ならば、DXによる新たな事業領域の開拓は「知の探索」です。経営者の皆さんには、機会あるごとに、特に後者のチャレンジが求められていると申し上げています。そのためには、現場の人たちを動機付け、DXへと組織全体の舵を切らなければいけないわけですが、トップの本気のコミットメントが不可欠です。

 日本企業の強さは、いわゆる「現場力」にあります。現場の人たちのやる気と実行力をDXに向かわせることができれば、グローバル競争において、まだまだ日本企業に勝機はあるはずです。

藤井:DXに限らず、変革プロジェクトの大半は、概して部門横断的なため、他人事になったり、他部門について理解不足だったりするものです。また昔から、ミドルマネジャーは変革のボトルネックといわれますが、実は「チェンジエージェント」(変革の代理人)でもあります。先生のご指摘のように、DXの成功は、現場がその知的機動力を発揮できるかどうかにかかっています。ミドルマネジャーがチェンジエージェントとして機能すれば、誠に心強い存在であり、DXの成功確率は飛躍的に高まるに違いありません。

 かつて一橋大学名誉教授の野中郁次郎氏は、日本企業の特長として「ミドルアップ・アンド・ダウン」を指摘しました。ミドルマネジャーの方々には、DXでもトップのコミットメントを引き出す一方で、現場に変革を動機付けるという、まさに縦横無尽な行動が期待されています。このミドルアップ・アンド・ダウンを再発見することで、日本企業らしいDXが生まれてくるかもしれません。


  1. ●企画・制作:ダイヤモンド クォータリー編集部
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