妄想力が求められる
3つの理由

茶谷:では、どうすれば妄想力を持つことができるのか。ビジョンドリブンな人はいったい何が違うと思いますか。

佐宗:彼らと普通の人との最大の違いは、「時間軸」でしょう。10年先、20年先、人によっては100年先を見ていたりする。目先の時間軸を超えた遠い未来図を描く力、これが妄想力です。不確実だといわれるこの時代だからこそ、求められている力だと思います。

茶谷:この妄想力はクリエイティビティと言い換えることもできますが、この能力がいま求められている背景には、3つの理由があると考えています。

 1つ目は、AI時代の到来です。AIが進化すると、クリエイティブな仕事は人間ができる最後のアクティビティになるからです。大量のデータから何かを見つけ出すことはコンピュータが得意ですが、逆に何もデータがない状態から何かを創造するのは、人間だからできることです。

 たとえばAIがモーツァルト風の音楽を作曲したというニュースが話題になりましたが、彼が残した楽曲をデータとして投入した結果、AIがそれを再構成しているにすぎません。モーツァルトという天才がこの世に誕生していなかったら、モーツァルト楽曲というスタイルは永久に生み出せなかったかもしれません。この世にない芸術は、AIには容易に創造できないのです。

佐宗:音楽であれ事業であれ、人の心というのは、人間らしい部分に触れた時に初めて突き動かされます。今後AIは社会インフラとして組み込まれていくでしょうが、その分、人々の“AI疲れ”も起きてくるかもしれません。だからこそ人間にしかない能力、つまり妄想したり表現したりする営みが、よりいっそう重視されると思います。

茶谷:妄想力が求められる2つ目の理由は、あらゆる情報が透明化し、かつオープンイノベーションが進んでいることです。ITの世界ではLinuxのようなオープンソースが基盤になっていますし、垂直統合型といわれている重工業や自動車産業も含め、もはや100%クローズドな業界はないでしょう。そうなると技術力だけでは他社との差別化がしにくくなるため、新たな価値創造が求められます。つまり、そこに人間の力が生きるはず。人間こそが差別化の源泉、最も重要な経営資源になると考えます。

 そして3つ目は、外発的動機から内発的動機へと人々のモチベーションの源泉が変化し、価値創造に対する考え方も以前とは違ってきていることです。

佐宗:たしかにそうですね。時代は産業革命モデルから、情報革命モデルへとシフトしています。人々は自身の内発的なエネルギーを機動力に、新たな価値創造をする必要に迫られている。これまで日本の大企業は、分業によって価値を最大化すべく設計されていました。それゆえ個人は主観を主張する必要がないし、極論を言えば、意志など持たないほうがいい場合もありました。

茶谷:部品であればよかったわけですね。

佐宗:そうです。しかし、デジタルテクノロジーが進む今日となっては、企業はみずからを変革し、社会に資するイノベーションを生み出さなくては、生き残ることはできません。そのためには、個人が部品としての役割を超えて、一人の人間として、自分自身の中から生まれてくるエネルギーを燃やし続ける必要があります。つまり組織において、機械型から生き物型へのシフトが始まっているのです。

 ですから、これまで当たり前だった戦略思考や改善志向だけでは立ち行かなくなっていくでしょう。戦略ではなく意志を持ち、改善ではなく創造を生み出さなければならない。生産性を最大化するための「生産する組織」から、多様性を最大化して長期的に価値創出を続ける「創造する組織」へと、重心を移していくべき時が来ていると考えます。

茶谷:生産する組織と創造する組織、2つの組織の大きな違いはどこにあるのでしょうか。

佐宗:生産する組織は明確な目標を達成すべく、人の行動をコントロールするようにつくられていました。けれど、創造する組織の中心は、人のDNAです。その周りにカルチャーとしての場が生まれます。それが集合体になることで、組織としての強い意志を持ち、創造へとつながっていきます。まるで生命体のように変化し、それが推進力となって前に進んでいくのです。もちろん生産する組織が必ずしも悪いわけではなく、場合によっては必要な場面もあるでしょう。ですから、その両方の組織を目的に応じて使い分けるという、両利きの経営が理想的ですね。