佐宗:先ほど「わかりやすいストーリーで説明する」とおっしゃいましたが、リーダーには「言葉の力」も求められますね。

茶谷:たしかに、言葉の選び方が大きなカギになります。ストーリーを語り、これをやったらすごいことになるよとみんなを焚き付けるというか、メンバーのモチベーションが大きく高まるインパクトを大事にしています。けっして嘘を言うわけではありませんが、ある程度壮大なストーリー、まさに妄想を見せてあげることが重要です。そうすることで、やがて妄想を妄想じゃないと思う人たちの集団が大きくなり、チームが盛り上がって没頭するフローな状態になれば、いろんな創発が起こり始めるはずです。

 実際、私がいたソニー・コンピュータエンタテインメントの元CEO久夛良木(くたらぎ)健さんは、まさにそのスタイルでみんなを引っ張っていました。プレイステーション3をつくった時も、「宇宙にコロニーができている50年後の未来からやってきたとしたら」というシチュエーションをメンバーに考えさせ、「じゃあ、いま設計しようとしているゲームにはどんな仕様が必要だろう」といった議論をさせたりする。物語をつくるのが実にうまいのです。

 ちなみに僕は、彼とメンバーの間に立つ翻訳家の立場でした。久夛良木さんが急に「みんなで冥王星に行こう」といった突拍子もないことをおっしゃるので、「いや、それは無理なので、火星ぐらいで(笑)」と、落とし所を探ったりしていましたね。

創業理念があらためて
見直されている理由

佐宗:いま多くの経営者が注目しているのが、「創業理念」です。ミッションやビジョンをデザインするうえで、あらためてそれに立ち返ろうという企業が増えています。

 その理由の一つには、求心力という側面もあるでしょう。特に、ミレニアル世代以降の若者たちは、働く意義のない会社とわかると早々に辞めてしまう。プログラマーやエンジニアといった専門スキルを身につけた人は、自分の腕で稼ぐこともできる時代です。就職先も大企業一辺倒ではなく、ベンチャーやスタートアップという選択肢もある。とにかく、「そこで自分が働く意義のある会社や仕事かどうか」を重視しています。それゆえ企業の現場では、「立派な戦略をつくって、高い雇用条件も用意したのに、肝心の人が集まらない。だから、戦略を実行できない」という現象があちこちで起こっています。

 そしてもう一つ、大きなトレンドといえるのは、サステナビリティ時代の到来です。ESG(環境・社会・ガバナンス)やSDGs(持続可能な開発目標)が重視されるなど、利益率やROE(自己資本利益率)といった数値以外の新たな指標が求められていることです。会社として何を一番大切にするのかという理念や哲学が重視される中で、「原点に立ち返り、ストーリーを構築し直そう」という動きが顕著に出てきています。

茶谷:それは大いにありますね。ちなみに私が代表を務めているKPMG Ignition Tokyoでは、いろいろな企業から「AIでトランスフォーメーションを起こしたい」という相談が持ち込まれます。すると興味深いことに、必ずと言っていいほど、“自分探しの旅”から始まります。というのもAIはツールにすぎないため、会社としてしっかりとした方向が定まっていないと役に立ちません。まず自分たちが何をやりたいのか、どうありたいのかを決める必要がある。そうして初めてAIが生きてくるのです。

佐宗:創業理念というのは、創業者が妄想を広げ、それを実現するためのビジョンを明文化したものです。ゼロベースから会社をつくり上げた人だからこそ言える、言葉の力があります。そうしたパワーを持つだけに、変化の激しいこの時代にあらためて見直され、自分を見失いそうな時に立ち返るべき道しるべとなるのでしょう。

茶谷:このように、いま多くの企業が自己変革を始めていますが、変革というものは調子のいい時に仕掛けておかなければなりません。産業全体がシュリンクしてから着手するのではもう遅い。早い段階で未来を予測し、手を打っておく必要があります。

佐宗:今後、国内のマーケットは間違いなく縮小するでしょうし、世界情勢を見てもあまりポジティブな要素はありません。それゆえ、いま小規模でも持続できる取り組みに着手し、将来に向けて生き残り策を仕込んでおくべき時期だと思います。

 それともう一つ。「意味のないビジネスは淘汰される」というのが不況期の特徴です。だからこそ、サステナビリティやSDGsなどの潮流を踏まえ、自社の存在意義に向き合って、社会的価値のある事業に投資する。いまは経済的合理性が多少低くても、ポテンシャルのある事業を見極める力が求められます。その触覚を持つリーダーのDNAは、きっと組織に残っていくはずです。

茶谷:逆に言えば、いまこそチャンスです。2020年という節目に自分たちの原点に立ち返り、100年先まで通用する新たなDNAを構築できるか──。私もリーダーとしてそうありたいと思っています。


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