美術教師の末永幸歩氏と、ベンチャーキャピタリストの佐俣アンリ氏による異色の対談(後編)。
東京学芸大学附属国際中等教育学校などで活躍してきた末永氏は、今年2月に発売した『13歳からのアート思考』が13万部を超えるベストセラーとなっている美術教師だ。他方、300億円規模の国内最大シードファンドを運営する若手No.1のベンチャーキャピタリストである佐俣氏も、この8月に初の著書『僕は君の「熱」に投資しよう』を出版している。
後編となる今回は、実際の絵画を鑑賞する模擬セッションに加えて、「違和感を見過ごさないこと」の大切さ、そして、アーティストに対置される「職人的な生き方」などに話題が広がっていった──。(後編/全2回 構成:高関 進)
「アンリさん、この絵を見たとき、
どんなことを考えましたか?」
佐俣アンリ(以下、佐俣) 末永さんの『13歳からのアート思考』を昨日もう一度読み直してみたんですが、やっぱりすごくいい本ですね! ぼくにとって最も印象的だったのは、アートの世界ではお互いに共通する「1つの答え」を出さなくていいというメッセージでした。
ビジネスの世界でも、「単一の正解」を求める時代じゃないということは、もうみんな気づきはじめているはずです。そういう意味では、アート思考のような考え方はこれからまさに大事になりますし、末永さんのメッセージは、これから社会に出てくる若者たちにとっても、すごく心強いんじゃないかと思いますね。
末永幸歩(以下、末永) そんな感想をいただけてうれしいです。じつは今日は、アンリさんにちょっと見ていただきたい絵を用意してきました。私の授業では「アウトプット鑑賞」というワークをよくやります。描かれた背景とか作家が何を考えていたかとか、そういうことは全部無視して、純粋に絵だけを見て感じたこと・発見したことをひたすらアウトプットしていきます。
こちらの作品なんですが、いかがでしょうか?(笑)
絵を見て何か気になったことであればなんでもけっこうです。
佐俣 そうですね……景色がすごくきれいに水面に映っていますね。この絵の作者は、誰もいない場所でこの風景を見てるんでしょうね。ぼくはときどきすごく静かな場所に行って1人でぼんやりするのが好きなんですが、この人も1人の時間を楽しんでいる気がするなあ。
あと、実際の景色と水面に映る景色が上下対称ですが、「対称」ってぼくはけっこう好きなんです。あと、水面に何か浮かんでいますね。ボートかな……。対称になっている絵のなかで、ここだけ異質な感じでなんだか気になります。
美術教師/東京学芸大学個人研究員/アーティスト
東京都出身。武蔵野美術大学造形学部卒業、東京学芸大学大学院教育学研究科(美術教育)修了。「絵を描く」「ものをつくる」「美術史の知識を得る」といった知識・技術偏重型の美術教育に問題意識を持ち、アートを通して「ものの見方を広げる」ことに力点を置いたユニークな授業を、東京学芸大学附属国際中等教育学校や都内公立中学校で展開。生徒たちからは「美術がこんなに楽しかったなんて!」「物事を考えるための基本がわかる授業」と大きな反響を得ている。
自らもアーティスト活動を行うとともに、内発的な興味・好奇心・疑問から創造的な活動を育む子ども向けのアートワークショップや、出張授業・研修・講演など、大人に向けたアートの授業も行っている。初の著書『「自分だけの答え」が見つかる 13歳からのアート思考』(ダイヤモンド社)が13万部超のベストセラーに。
末永 アウトプットがどんどん出てきますね。すばらしいです! この絵は、スコットランド生まれの画家ピーター・ドイグによる《天の川》という作品で、私もすごく好きな絵の一つなんです。
佐俣 なるほど。末永さんの授業では、そうやって思ったことや感じたことを自由にみんなで話すんですね。たしかに、「何かをアウトプットする環境」をつくると、人はその絵をしっかり見ますよね。漫然と見ているだけだと、そのうち話すことがなくなってしまいますから。
末永 いまは、アンリさん1人にアウトプット鑑賞してもらいましたが、これを教室のなかでやると、ほかの生徒の気づきによって「自分のものの見方」が広がっていく感覚を体験できます。こうやって「自分なりの解釈」をつくる体験をしてもらうだけでも、生徒たちの反応はかなり変わってきます。
ちなみに、私はこの作品を大学生のときに初めて見て、「絵ってすごいな」って思ったんです。
たとえば、長い小説を1冊読み終わったとか、2時間の映画を1本見た、あるいは1週間の旅行に行ってたくさん楽しい経験をしてきたとしますよね。そうした経験を5年後に振り返ったときに、その小説の一言一句をつぶさに覚えているわけでもないし、映画のストーリーを細かく覚えているわけでもないけど、「なんかこんな感じだった」「こんなイメージが残ってる」みたいな印象は残っているはずです。この絵は、そうした「5年後の印象」のようなものを、たった1枚でポンッと表現しているような感じがしました。そこにすごく心が動かされたのを覚えています。