ベンチャーキャピタリストと美術教師が対話したら、「才能を爆発させる条件」が見えてきた

ベンチャーキャピタリストの佐俣アンリ氏と、美術教師の末永幸歩氏による、異色の対談(前編)。

この8月に『僕は君の「熱」に投資しよう』を出版した佐俣氏は、300億円規模の国内最大シードファンドを運営する若手No.1のベンチャーキャピタリストだ。かたや、東京学芸大学附属国際中等教育学校などで美術教師として活躍してきた末永氏は、今年2月に発売した『13歳からのアート思考』が13万部を超えるベストセラーとなっている。

「ベンチャーキャピタリスト」と「美術教師」という一見まったく接点がなさそうに思える両者の対話からは、不透明な時代生き抜くヒントが垣間見えてきた――。(前編/全2回 構成:高関 進)

「ベンチャーキャピタリスト」と
「美術教師」は似ている

末永幸歩(以下、末永) ビジネスのことに詳しいわけではないので、最初にお話をいただいたときはちょっと心配だったんですが、アンリさんの『僕は君の「熱」に投資しよう』を読ませていただいて、今日はとても楽しみにしてきました。

しかも、アンリさんは写真とかカメラにもお詳しいのだとか……。本日はよろしくお願いします!

佐俣アンリ(以下、佐俣) こちらこそよろしくお願いします! たしかに大学時代にはカメラサークルに入っていて、とくに大学3~4年のころはずっと写真にのめり込んでいました。カメラマンのアルバイトもたくさんしましたし、いわゆるアートっぽい作品を撮ったこともありますよ。

ベンチャーキャピタリストと美術教師が対話したら、「才能を爆発させる条件」が見えてきた佐俣アンリ(さまた・あんり)
ベンチャーキャピタリスト
1984年生まれ。慶應義塾大学卒業後、カバン持ちとして飛び込んだEastVenturesを経て、2012年に27歳でベンチャーキャピタル「ANRI」を設立し、代表パートナーに就任。主にインターネットとディープテック領域の約120社に投資している。VCの頂点をめざし、シードファンドとして日本最大となる300億円のファンドを運営中。2020年に初の著作『僕は君の「熱」に投資しよう──ベンチャーキャピタリストが挑発する7日間の特別講義』(ダイヤモンド社)を出版。

ただ……美術の先生である末永さんの前で言うのもなんですが、じつはぼく、図工・美術の授業が大嫌いだったんです。絵を鑑賞するのも描くのも、もう苦痛で苦痛で……(笑)。

でも、末永さんの『13歳からのアート思考』を読んで、「単一の正解を探そうとしなくていいし、どういう見方をしてもいいのがアートなんだ」ということがわかって、かなり新鮮でした。子どものころに末永さんの授業を受けていれば、美術ももっと楽しかっただろうなと思いました。

末永 そう言っていただけるとすごくうれしいです。私が生徒たちと接するときには、いつも「タネ」をイメージしています。ナスのタネはナスにしかならないし、トマトのタネはトマトにしかならない。タネの段階で、すでになるべきものを持っていると思うんです。

ですから、私たちにできることは、「タネ」が育つための畑、つまり環境を用意することくらいだと思っていて。

佐俣 すごくよくわかります。ぼくみたいなベンチャーキャピタリスト(VC)も、起業家に何かを「教える」わけではないんです。VCというのは、起業家がやりたいことをやるプロセスをいちばん近くで「見守る」仕事なんですよ。それ以外に唯一やれることがあるとすれば、スタートアップ時の失敗のダメージをなるべく小さくすることくらいでしょうか。

末永 場づくりのときにも、もう1つ大事なことがあると思っています。たとえば、中高生が「私はこれが好き!」「これをやりたい!」と言っていたとしても、じつは彼らはある種の「色眼鏡」をかけていることがあります。好きなものを選んでいるつもりでも、知らず知らずのうちに「常識的なものの見方」の範囲内で選択してしまっていることがある。

だからこそ、まずは自分の思い込みに気づいてもらうステップを用意するようにしています。そのあとで表現してもらったほうが、面白いアウトプットが出てきやすいように思うんですよ。

佐俣 おっしゃるとおり、教師もVCもただ環境を用意するだけじゃなく、その環境を「チューニング」することが肝心ですね。後者に関してぼくが大事にしているのが、起業家同士の交流です。ぼくは起業家たちのコミュニティをつくっているんですが、「VC 対 起業家」よりも「起業家 対 起業家」のほうが圧倒的にいい刺激が生まれやすいんです。

ベンチャーキャピタリストと美術教師が対話したら、「才能を爆発させる条件」が見えてきた

末永 それは面白いですね! 教師も環境をつくるときには、生徒を触発する材料を用意します。美術の授業で言えば、制作用の素材とか画材にちょっと変わったものを用意するとか。でも、いちばん効果的なのは、アンリさんもやられているような「生徒同士で対話をする場」なんです。

以前は、「教師こそが触発材料にならねばならない」と思っていたので、生徒と1対1で話す時間を設けるようにしていました。でも、それだと生徒が受け取れる刺激は、どうしても教師からのフィードバックだけに偏ってしまう。教師1人からの触発よりも、ほかの生徒30人とかとコミュニケーションをしたほうが、圧倒的に効果的だと気づいてからは、生徒同士の対話を大切にしています。

「目に見える花」ではなく
「見えない根っこ」に注目できているか?

末永 アンリさんの『僕は君の「熱」に投資しよう』を読んで、まず率直に感じたのは「ベンチャーキャピタリストのお仕事ってすごく面白そうだな!」ということでした。

私のような一般人は、起業家なり企業なりの「花」の部分、つまり、もう形になった商品・サービスに対してお金を払うじゃないですか。でもVCの方たちは、いわば「見えないもの」にお金を払うわけですよね。まだ「花」が咲いてない、咲くかどうかもわからない「タネ」に水やりをするお仕事ってとても素敵だなと思ったんです。

ベンチャーキャピタリストと美術教師が対話したら、「才能を爆発させる条件」が見えてきた末永幸歩(すえなが・ゆきほ)
美術教師/東京学芸大学個人研究員/アーティスト
東京都出身。武蔵野美術大学造形学部卒業、東京学芸大学大学院教育学研究科(美術教育)修了。「絵を描く」「ものをつくる」「美術史の知識を得る」といった知識・技術偏重型の美術教育に問題意識を持ち、アートを通して「ものの見方を広げる」ことに力点を置いたユニークな授業を、東京学芸大学附属国際中等教育学校や都内公立中学校で展開。生徒たちからは「美術がこんなに楽しかったなんて!」「物事を考えるための基本がわかる授業」と大きな反響を得ている。
自らもアーティスト活動を行うとともに、内発的な興味・好奇心・疑問から創造的な活動を育む子ども向けのアートワークショップや、出張授業・研修・講演など、大人に向けたアートの授業も行っている。初の著書『「自分だけの答え」が見つかる 13歳からのアート思考』(ダイヤモンド社)が13万部超のベストセラーに。

佐俣 ぼくたちの仕事はまさにそういう感じですね。たとえば、若くて熱い起業家ほど「言語化能力」が追いついていません。「私はこういうふうに咲けます!」「こんな色の花なんです!」ということをうまく言えないんです。でも、彼らは「根」を伸ばしている真っ最中なわけですから、別にはっきり言葉にできなくてもいいとぼくは思っていて。

末永 すごく共感できます。私がちょっと変わった授業をするようになったのも、美術という科目においてすら、作品の出来栄えという「花」ばかりが重視されていることに違和感を持っていたからなんです。

佐俣 なるほど。ぼくはNPO法人のETIC.さんが立ち上げた起業家志望の高校生を応援するプロジェクト「MAKERS UNIVERSITY U-18」で、奨学金を出したりメンターをやったりしているんですが、たとえばそこにFacebookをやっている子がいたりすると、「これはちょっと怪しいな……」と思ってしまいますね(笑)。

末永 たしかにいまどきの高校生は、ふつうFacebookはやらないかもしれませんね。

佐俣 ということは、その子は「大人のプロトコル」で会話するのに非常に長けていて、「褒められ方」を熟知している可能性が高い。そういう子には、「そんなことを続けていると、そのうち器用貧乏になっちゃうよ」って話をするんです。

逆に、表現がめちゃめちゃヘタで、言葉に全然キレがないんだけど、何か「熱」を持っている若者って、自分にどんな「花」が咲くかわからないけど、ひたすら「根」を伸ばしていたりするんです。言いたいことはたくさんあるんだけど、うまく言語化できないまま、端っこのほうで不機嫌そうにムッとしてる、みたいな……。

末永 わかります。案外そういう子のほうが、予想もできなかったような「花」を咲かせるときがありますよね。

佐俣 そうなんです! 無理に急いで「花」を咲かせる必要はない。だから高校生たちには「変に言語化しなくていいよ」というメッセージを伝えるようにしています。

逆に、大学生くらいになると、みんな説明が上手になってきて、「大人のプロトコル」で話すようになります。たとえば、「この大人はひまわりが好きそうだな……」と読み取ったうえで、「ぼくは8月に黄色い大きな花を咲かせられます!」みたいなプレゼンをするようになる(笑)。そうした「プレゼン上手」ではない人の面白さを見抜くのが、ぼくたち投資家の「本来の仕事」だと思うんです。