コロナ禍では、自宅学習の重要性がますます高まり、児童書・学習参考書の売り上げが急増した。
なかでも異例に売れ続けているのが、『東大教授がおしえる やばい日本史』だ。マンガやイラストを多用して、勉強が苦手な子どもでも「楽しみながら学べる」と話題になり、シリーズの『やばい世界史』とあわせて50万部を突破。発刊から2年をへてなお、重版のペースが落ちないロングセラーとなっている。
今回、『やばい日本史』を監修した歴史学者の本郷和人氏(東京大学史料編纂所教授)に、『子育てベスト100──「最先端の新常識×子どもに一番大事なこと」が1冊で全部丸わかり』を刊行した加藤紀子氏が、教育や子育てについて話を聞いた。東大教授が語る勉強の極意とは?(構成:小川晶子、写真:山口真由子)。
近代以前の教育はロクなもんじゃなかった!?
加藤紀子(以下、加藤) 『やばい日本史』、すごく面白かったです。歴史上活躍した人たちの未熟さやだらしなさみたいなものがわかって、親しみを感じると同時に、「だからこそ活躍できたのかな」とも思ったんです。
近代以前の人たちは、学校で「ちゃんとしなさい」って言われることもなく、「みんなと同じ」に矯正されないからこそユニークだったのではと。
本郷先生にはまず、教育の変遷についてお聞きしたいのですが。
本郷和人(以下、本郷) 学校令が出たのが明治19年。子どもたちがみんな同じサービスとして教育を受けられるようになったのはそこからです。
その前は寺子屋や藩校ということになりますが、そこで行われていたのが「教育」と言えるかは微妙です。
江戸時代の武士の教育は、論語を読んで覚えるだけですからね。テストもありましたが、しょうもないテストです。先生の解釈に対して、「自分はこう思う」なんて独創的なことを言ったら減点ですから。
加藤 えーっ、そうなんですか。先生の言った通りのことを再現できないとダメ?
本郷 そう。成績が悪かったらお叱りを受けるわけだけど、成績が良くたって別に出世できるわけでもない。抜群にできるヤツなら、藩がお金を出してさらに秀才の集まる塾に送り込むということはあります。
でも、偉くなれるわけではないんですね。福沢諭吉のお父さんは非常に優秀で、諭吉はお父さんを尊敬していました。でも結局、下級の役人どまりだった。学問を志しても、事務的な仕事しか与えられないまま45歳で亡くなっています。
諭吉の「門閥制度は親の敵でござる」っていう有名な言葉は、そういう背景のもとに出ているんです。とにかく世襲が強い時代ですから、ロクなもんじゃない。
東京都出身。東京大学・同大学院で石井進氏・五味文彦氏に師事し日本中世史を学ぶ。大河ドラマ『平清盛』など、ドラマ、アニメ、漫画の時代考証にも携わっている。おもな著書に『新・中世王権論』『日本史のツボ』(ともに文藝春秋)、『戦いの日本史』(KADOKAWA)、『戦国武将の明暗』(新潮社)など。監修を務めた『東大教授がおしえる やばい日本史』は子どもから大人まで大きな人気となり、37万部突破のベストセラーとなっている。
実力至上主義の信長は「世襲制」を破ろうとして殺された
加藤 なるほど、世襲ですか。そこを打ち破ろうとした人はいなかったのでしょうか。
本郷 世襲を打ち破ろうとした人としては、時代を遡って織田信長が思い浮かびますね。信長はなぜ本能寺で殺されてしまったのかというと、「世襲を打ち破ろうとしたから」だというのが一つの答えだと思っているんです。
「世襲が強い」とは、才能による抜擢がないということです。信長はどこの馬の骨ともわからなくても、できるヤツを採用しました。世襲は関係ない。
加藤 戦国大名が生きているのは、言ってみれば「食うか食われるか」という厳しい世界ですよね。その中で優秀な家臣団を作ろうと思ったら、広く人材を探すというのは理にかなっていると思いますが、やる人はいなかったんですね。
本郷 いませんでした。だからそれを打ち破った信長は、戦国大名として非常に優秀な成績を残せた。でも、実力主義は裏切りの連続になるんです。才能で抜擢された人たちは、その才能こそが存在意義になるでしょう? すると、もっと自分の才能が活かせる状況を望むことになるわけです。それが裏切りというかたちになっちゃうんですね。
いまでも日本は世界的に見て世襲が強い国だと思いますが、昔はもっともっと強かった。日本の前近代の歴史の中で、教育について学べる部分ってあまりないですねぇ。