動くにも動けない医学と経済、責任を負うべきは政治なのに

 医療逼迫・医療崩壊の問題については、厚労省と医師会がもっと動くべきだという主張がある(木村盛世「日本の国民はどこの国民よりもがんばっている。『ゼロコロナ』はムチャクチャだし、もう緊急事態宣言は解除すべきだ」〈ABEMA TIMES〉)。その通りではある。ただ、彼らは動こうとしても動けなかったのだと思うのだ。

 厚労省の官僚、感染症の専門家、医師会、現場の医師・看護師、七大疾病の医師など、皆、一生懸命持ち場を守ってきたのだと思う。ただし、彼らは「縦割り」になっている制度の下で、自らが動ける範囲内で可能なことをやってきたのだ。

 だから、感染症の専門家は感染拡大を防ごうと国民に訴え続けた。七大疾病の医師は、高度医療を守るために動いてきた。それぞれがよかれと思って動き、それを超えることは、権限がないので考えることも発言することもできない。それが「縦割り」の現実なのだ。

 また、意思決定の現場では、「防疫」と「経済」をどうバランスさせるかが議論され続けてきた(第248回)。だが、医学の専門家は「経済はわからない」と、経済の専門家は「医学はわからない」と言い続けるばかりだった。

 結局、縦割りを打破して、感染拡大と感染者・重症者の増減に合わせた柔軟な重症者病床確保の体制を確立するには、政治が動いて決めるしかないのだ。医学と経済、この2つの間にある、現実の政策を決める責任から、政治は逃げ続けてきたのだ。