従業員の性的サービスが原因で執拗な脅迫を受ける

 ところが、経営も順調かと思われた矢先、事件が起こる。「無許可で風俗営業を行っているのでは」と疑われ、警察から警告を受けたのだった。

「働き始めた頃(2000年代前半)はそんなに感じなかったんですけど、今は、中国エステ関係の掲示板やブログ、Twitterなんかで、店の情報がすぐに流れてしまう。その内容が好意的ならいいんですが、たいていは誹謗中傷。『あそこは性的サービスをしている』みたいな書き込みが多いんです。警察はそれを見て来たと言ってました」

 さらに、同じタイミングで「ビザ」の問題も重なった。

 チェ・ホアが日本に長期滞在可能となる根拠は「投資・経営ビザ」だ。1年ごとの更新手続きの際、その実態が不明瞭な場合には資格が停止される。「中国エステ」事業での収入こそあったものの、ビザを取得する際に申告したIT関連事業の売上はゼロの状態が続いていた。そのため、入管から何度も呼び出され、厳しい口調で生活実態を問い質された。

 このまま同じ場所で店を営業していたら、警察や入管から捜査されることになるかもしれない。自分の店、サポートしてくれた日本の友人とのつながり、「豊かで幸せな生活」への道のり……すべてを失うことになる。

 追い詰められたチェ・ホアは、結局、50万円足らずで知人に店を売り払うことを決めた。

「たしかに、ビザの問題はクリアできていなかった。でも、それ以外で社会に迷惑をかけるようなことはやっていないし、やりたくもないんです。私は『性的サービス』はやりたくない。仕事だから、やろうと思えばできます。でも、危険が伴いますから。短期間にバッと稼ぐなら『抜き』ありもいいんでしょうけど、私が一番欲しいものは安定なんです。だから、警察やヤクザとかに目をつけられにくい健全店でやっていこうと思って、ずっとやってきた」

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 しかし、彼女が固く禁止していたのにもかかわらず、言いつけを破った従業員が性的サービスをし、客から追加料金をとっていたこともあった。それが発覚したのは、従業員が帰国した後、その客がほかの従業員に当然のように性的サービスを要求した時だった。

「うちは健全店なのでもちろんお断りしました。一見大人しそうなお客さんで、その日は何もなく帰ったんですが……その後が大変でした。毎日電話してきて『お前の店は違法風俗店だ』とか『中国に帰ったYちゃんは自分から性的サービスをしてきた。証拠の録音テープがある』『警察に言うぞ!』って。あとは、無言電話とか、注文もしていないのにデリバリーのピザ屋さんが3日連続で来るとか、いろんな嫌がらせがありました」

 チェ・ホアは、仕方なく「どうすればいいのか」と客に尋ねてみた。当初は金銭を要求されるのではと想像していたが、客の答えは「俺にだけは前からのサービスをしてくれ」だった。

「もちろん彼の要求にイエスと言えるわけがありません。私は断りました。そうしたら、また連日の無言電話で、ほかのお客さんからの電話が取れないくらいの状態になってしまいました。私は自分から彼の携帯電話に電話して、直接会う約束をしました。喫茶店とかで会いたかったんですが、『店に直接行く』と言って聞かないんです。電話から2日後の午後3時頃、彼は店に来ました」

「平日の昼間にTシャツみたいなラフな格好です。おそらくサラリーマンではないと思います。その時間帯はお客さんが誰もいなくて、たまたま女のコたちも出払っていて、私ひとりでした。彼は『お詫びに無料でオイルマッサージコースを120分やれ。そしたら許してやる』と言ってきたので、仕方なくその要求をのみました」

 その男がおとなしく去って安堵していたチェ・ホアは、あることに気がついた。ベッド脇に置いてあった彼女の携帯電話がない。盗まれていたのだ。その男の意図は「嫌がらせ」以上の何ものでもない。しかし、事件はそれだけでは終わらなかった。

ネット掲示板に連日書き込まれる誹謗中傷

「それから少しすると、性的サービス目的のお客さんが来るようになったんです。あるネットの掲示板にうちの店や私、ほかの女のコについて連日書き込みがあり『手コキは当たり前、お触りもOK』とか、そんな内容が書いてありました」

 おそらく、その客がひとりで何役もこなしてると疑われ、あたかも大勢が店について書き込んでいるように見えた。

「私はお客さんを敵に回したら大変だと思い、女のコに焼き肉をごちそうしながら、お客さんへの対応を話しました。『お客さんの恨みを買うようなことをしないで。あと、内緒で性的サービスをやるのは絶対にやめて』と。こういう仕事はお客さんから食事に誘われることも多く、それまでは仕事に支障がない範囲で認めていたんですが、この事件以降、基本的には店外で会わないよう、女のコに言っています」

 マッサージ嬢として店に雇われていた時も、自分で店を経営してからも、健全店で働くというチェ・ホアのポリシーは変わらない。それは、長期的な視野で見た場合、健全店のほうが儲かるという確信があるからだ。

 しかし、「抜き」のある店も常に存在するなかで、何か特徴がなければ客は自分の店を選んではくれない。そのうえ、彼女の店は「健全店の相場からしたら少し高いくらいです」ともいう。

 それでは、なぜ客は店を訪れるのだろうか。その秘訣を彼女は「技術」だと語る。

「店の経営手法を語る前に、個人として、やっぱりまずは技術があること。これが一番重要だと思います。独学ですけど、私は学生時代からリンパマッサージの本などを読んで、店の女のコを練習台にして訓練してきました」

「私も、若い頃はけっこうモテたので、技術がなくてもある程度はお客さんがついてくれたと思うんですが、店を自分でやって感じたことは、どんなにかわいかったり、美人だったり、スタイルがよくても、技術がないコはすぐに飽きられてしまい、結局稼げないということでした」

「具体的な技術というのは、一つは基本的なマッサージのうまさ、それともう一つは性感を刺激するようなマッサージのうまさですね。これはもう、男性の表情や動きを見て自分で研究していくしかないんです。『抜き』のない店でもこんなに気持ちいいんだ、と思わせなければお客さんはついてきてくれません」

 実際に、エステ関係のインターネット掲示板などを見せてもらうと、「ママのマッサージは絶品」「かわいい顔とすごい技術のギャップ」といった評価が並んでいた。