違法と合法のグレーゾーンを漂う「リラクゼーション」

マッサージ店と変わらない「中国エステ」の室内

 本来、「マッサージ」やそれに類する名称を看板に掲げる店舗は、マッサージに関する国家資格を有する者がいなければ営業できない。しかし、その実態は限りなくマッサージに近い「リラクゼーション」店は、グレーゾーンの中にある。そのため、「マッサージ」ではなく「リラクゼーション」と名乗っている分には、警察から咎められることも少なかった。

 しかし、実は、このグレーゾーンに対する行政や警察の規制が厳しくなりつつあるという。彼女の店舗がある自治体でも「1店舗にひとり、必ずマッサージ師の国家資格を持った人間が必要」と規制を強化することになり、その話を耳にしたビルの所有者から、突然「退居」を申し渡されたのだった。

 はじめこそ、国家資格を持つスタッフを雇おうとしたが、それが叶うことはなくビルから退居。すぐに、同じ駅の東口から徒歩1分の場所に新店をオープンするという経緯があったのだった。

「いつまでも今みたいないい状態が続くとは思ってません。だから、調子のいいときに、稼げるだけ稼がなくちゃね(笑)」

 彼女は、集客の際に、常連への電話、ビルの1階に置かれた看板、そしてインターネット広告を活用している。インターネット広告を出稿するために、有名な「中国エステ」サイトのいくつかにも登録を済ませた。

 現在、どんなに悪くとも1日平均7万円の売上があり、月の売上は210万円にもなる。営業は年中無休だ。客ごとの売上は施術担当者と店舗側で折半し、女のコへの支払いはひと月で約80~90万となる(チェ・ホア自身も施術するため単純に売上の半分が年収とはならない)。

 さらに、店舗の家賃が11万円。水道・光熱費が約4~5万円、紙パンツなどの備品、店の女のコに食事をご馳走するなどの諸経費が約5万円。ざっと計算してみても店の純利益はひと月で約100万円となり、これがチェ・ホアの最低月収ということになる。もちろんこれは、彼女の言うような「いい状態」なのかもしれないが――。

「カネの奴隷」になって求め続けた「豊かで幸せな生活」

「今年のはじめ、実家に近い中国東北部の街に行って、自分のマンションを買ったんです。頭金として日本円で約200万円を払いました。全部で1500万円。残りは20年近いローンで返していきます。子供もいるし、親もいるし、マンションも買ってしまったし、もう私、一生働くしかないんです。男運はまったくないから、男の人に頼るという発想はもうありません。自分の力で、この日本でずっと働いていくしかないんです」

 彼女はすでに、1回目の「中国エステ」のママとして働いていた時、両親のために、2LDKで広さ90平米ほどの家を約300万円で購入している。新しく買った自分用のマンションもそこと同じくらいの広さだ。

 まもなく5歳になる彼女の子どもは、今は実家に預けている。日本の学校に通わせるかどうかはまだわからない。子どもが成長し、日本で一定の蓄えができたら、ローンを早めに返済して、自分のマンションでゆっくりと暮らす将来も思い描いている。

「最近よく店の女のコに言われます。『ママ、マンション買ったのは素晴らしいけど、もっと人生を楽しんだほうがいいんじゃない?』って。もちろん、私もそうしたいです。でも、私はずっと安定が欲しかった。その前提として自分の家が欲しかった。ローンを返済し終わるのはまだまだ先だけど、なんとか家を手に入れました。ほとんどお金の奴隷みたいなものですね。でも、これが私の人生。仕方ないと思っています」

 高学歴で意欲も野心もあるチェ・ホア。言うまでもなく、彼女が日本にやってきた外国人の「代表例」というわけではない。

 ある「中国エステ」には、農村部出身で高校も卒業していない17歳の少女が18歳と書類を偽造して日本に入国し、日本語学校に通いながら偽装結婚した者もいる。しかし、彼女もまた、貧しいながらも集めたカネで日本へと送り出してくれた親戚のために、毎年正月になると50万円を持って帰郷する生活を続けていると語った。

 チェ・ホアが求める「豊かで幸せな生活」と「カネの奴隷」との天秤。これは、一見するとひどくおどろおどろしいものにも思えるが、しかし、彼女たちを「自分とは違う」「他者である」と認識しがちな日本で生まれ育った者もまた、その天秤の上に生きているのかもしれない。「あってはならぬもの」とそれ以外を分かつ補助線を引こうとすれば、そこにあるものは、積み上げてきた生涯をどこから始めたのかという「スタートライン」の違いでしかない。

「オニイサン、マッサージいかがですかー?」

 慣れない日本語で繰り返される呼びかけは、漂白される日本社会に確かに存在するその痕跡を、私たちが今あらためて見つめるように誘う声なのかもしれない。どれだけの者の耳に、この声が届いているのだろうか——。

競馬、競輪、競艇、パチンコ……賭博行為は「あってはならぬもの」と禁じられる「建前」があるものの、日本中至るところに遊興施設は存在し、そのCMにはアイドルやお笑い芸人が起用されるなど、その日常化は進む。しかし、その一方では、より過激な行為を求める欲望を原動力として、闇の賭博場の拡大が助長され続けてもいる。第12回は、野球賭博、そして裏カジノを中心に、情報技術の発展でさらなる「進化」を遂げる非合法ギャンブルの実態に迫る。次回更新は11月6日(火)を予定。


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大人気連載「闇の中の社会学」が大幅に加筆され、ついに単行本化!

『漂白される社会』(著 開沼博)

売春島、偽装結婚、ホームレスギャル、シェアハウスと貧困ビジネス…社会に蔑まれながら、多くの人々を魅了してもきた「あってはならぬもの」たち。彼らは今、かつての猥雑さを「漂白」され、その色を失いつつある。私たちの日常から見えなくなった、あるいは、見て見ぬふりをしている重い現実が突きつけられる。

 

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『漂白される社会』 目次
はじめに

■序章 「周縁的な存在」の中に見える現代社会
闇の中の社会
現代社会とはいかなる社会なのか
「下世話」な存在の先に眠る契機
「周縁的な存在」と「無縁」
網野善彦に描かれた、かつての「無縁」
形を変えて生き残る現代の〈無縁〉
「無縁」の原理を貫く「周縁的な存在」
現代社会の「旅」の中へ

第一部 空間を超えて存在する「あってはならぬもの」たち

■ 第一章 「売春島」の花火の先にある未来
明治以前から売春を生業とする島
国家成長を支える公然のタブー
存亡の危機を迎える「売春島」
摘発と情報化で加速する島の衰退
「裏」の顔を捨てられない島の現実
原発誘致を巡る島民の葛藤、その選択
かつての遊女は最期の訪れを待つ
陰影にまぎれ去る者たち

■ 第二章 「現代の貧困」に漂うホームレスギャル
マクドナルドで眠る二人のホームレスギャル
池袋の少女たち
「移動キャバクラ」の実態
売春論が迎えている変化の特徴
小学生から薬物に明け暮れたリナ
キャバクラ、そしてホストクラブへの入店
「性」と「カネ」で満たされたマイカの人生
日々の顧客情報はノートで管理
わかりやすさが見落とした「現代の貧困」
夜の世界に頼れない二つの理由
わずかなつながりを頼りに今を生き続ける
「あってはならぬもの」が明らかにする社会の真実
二人のホームレスギャルが映し出す「現代社会のあり様」

第二部 戦後社会が作り上げた幻想の正体

■ 第三章 「新しい共同体」シェアハウスに巣食う商才たち
住民の死に直面したシェアハウス経営者
佐藤がシェアハウスの入居を懇願した理由
遺体の引き取りを拒否した遺族
「夜逃げ後処理屋」が営む巧妙なビジネス
遺品整理業の現場
二度目の「漂白」を迎えた佐藤の死
メディアが描くシェアハウス像への強い疑問
ほどよい“群れ具合"が物件運営のカギ
ネズミ講に求める一攫千金の夢
「オフ会ビジネス」に吸い取られるシェアハウスの住民たち
時代が生んだ「新しい共同体」に商才は群がる

■ 第四章 ヤミ金が救済する「グレー」な生活保護受給者
生活保護受給者となった元会社経営者
バブル崩壊で始まった破滅へのカウントダウン
ヤミ金にハマった松下に、ヤミ金が手を差し伸べる
「生活保護受給マニュアル」による過酷な演技指導
申請前から申請後まで、完備された受給情報
業者が斡旋するマンション、その二つの特徴
「純粋な弱者」への期待が見落とした本質
ヤミ金がもたらす「インフォーマルなセーフティネット」
「純粋な弱者」のみが許容される現代社会
「マイホーム」「幸せな家族」という幻想

第三部 性・ギャンブル・ドラッグに映る「周縁的な存在」

■ 第五章 未成年少女を現金化するスカウトマン
女のコの名前を“ポケモン"で管理するスカウトマン
キレイな街で見落とされる現代の「女衒」
未成年少女という「絶対的な聖域」
管理強化が可視化する売春ビジネス
巧妙に進化する“いかがわしさ"の代替機能
敏腕スカウトマンが語る「ビジネスモデル」の実態
情報化が生み出した新事業「援デリ」
細分化された欲望が生み出す市場のすき間
デリヘルのシステムを「援デリ」に応用
「援デリ」に訪れる環境の変化
「絶対的な聖域」があるための不可視性と希少性

■ 第六章 違法ギャンブルに映る運命の虚構
雑居ビルを彩る会員制の闇バカラ
現代の「貴族」が没頭するバカラの魅力
「持つ者はさらに持つ」象徴
「逸脱した存在」が生み出す新たな価値
闇スロットの「小さな逸脱」が人を魅了する
カネを巻き上げる手法は洗練され続ける
“馴染みやすさ"で浸透する野球賭博
熱中させる「ハンデ」の仕組み
胴元が備える絶対的な資金力
重層的な人脈が可能にする摘発逃れ
社会の隅々に浸透する「ギャンブル的な存在」

■ 第七章 「純白の正義」に不可視化される脱法ドラッグの恐怖
「ドラッグ専門家」に手渡された「脱法ハーブ」
ドラッグ吸引が引き起こした壮絶な体験
「違法」の網から逃れた、「合法」余地が拡大
薬物へのレッテルが和らげる恐怖感
「合法」薬物だから安心という「思い込み」
「ドラッグ初心者」にもたらされた変化
「脱法ドラッグ」十年の歴史
「純白の正義」で引かれた補助線の先にあるもの
売人が語る「脱法ハーブ」ビジネスの実態
社会問題ともされないアディクションのループ

第四部 現代社会に消え行く「暴力の残余」

■ 第八章 右翼の彼が、手榴弾を投げたワケ
マンションの一室に集められた「プロジェクトメンバー」
右翼団体代表がWEBサイトの運営を始めた理由
「仁義」「任侠」「絆」、そして「良心」への期待
似非同和で成り立つ「怪しい」ビジネス
力と知恵を併せ持つ者だけが生き残れる時代
右翼団体代表として迎えた絶頂期
“シャバ"は小野を受けいれる「余裕」を失う
右翼になるまでの人生
時代の変化で可視化された虚像の実態
「勢い」を見せつけた先にあるもの

■ 第九章 新左翼・「過激派」の意外な姿
デモの中の「普通の市民」ではない者たち
街中に佇む「過激派」のアジト
組織が高齢化する当然の理由
縮小を迎える「学生運動」と「労働運動」
「社会を変えたい」と活動に参加した高井
若者はなぜ、「過激派」に参加したのか
今も続く「三里塚闘争」の現場
「三里塚闘争」が残した二つの爪痕
見落とされる「正義」の重層性
六十歳の活動家が語る闘争の現在

第五部 「グローバル化」のなかにある「現代日本の際」

■ 第十章 「偽装結婚」で加速する日本のグローバル化
フィリピンを訪れた「新郎」
戸籍を汚して得る「報酬」の決まり方
厳格化するタレントビザの摘発
「偽装結婚」の摘発が進まない理由
「新郎」が語る摘発の実態
グローバル化は今に始まったことではない
二つの貧困で変わる「家族」と「結婚」

■ 第十一章 「高校サッカー・ブラジル人留学生」の十年後
簡易ベッドで眠るブラジル人
サッカー留学生がたどる複雑な生い立ち
十五歳で急遽来日、両親との再会
孤独な寮生活で溜め込むストレス
高校を中退、アルコールに依存する生活
十代後半から水商売を転々と
周囲を魅了し、裏切り、逃げ続ける
再起を賭けてふたたびサッカーの道へ
法改正で急増した浜松のブラジル人
決して逃れられない「負の呪縛」
故郷ブラジルで見続ける日本での夢

■ 第十二章 「中国エステのママ」の来し方、行く末
「豊かで幸せな生活」を求めて来日したチェ・ホア
働かない父親、貧しい環境で育った幼少時代
大学時代に募る日本文化への憧れ
転職先のアパレル企業で社長の愛人となり貯蓄
念願の来日を果たし、日本語学校に入校
「富士そば」ですすったタヌキそばの思い出
「中国エステ」との出合い
仕事で学んだ日本人サラリーマンの本音
「中国エステ」の実態
「中国エステ」は誰が始めたのか
「オニイサン、マッサージいかがですかー?」
摘発の厳格化で進む「オシャレ化」
就職と事業に失敗し、「中国エステのママ」に
五十万円で店を売却した理由
従業員の性的サービスが招いたトラブル
健全店として生き残るために磨かれる技術
できちゃった結婚と離婚、さらに「偽装結婚」へ
規制強化に翻弄されながらも経営は順調
「豊かで幸せな生活」を求めて「カネの奴隷」に

■ 終章 漂白される社会
変化する日本社会が向かう先
「周縁的な存在」と「あってはならぬもの」の正体
十二の旅で見えてきたもの
「安全や信頼」の再構築が放棄される
もはや「客観的な安全」などない
現代社会への問い、その答えの一つ
漂白される社会

おわりに

主要参考文献
索引