「オニイサン、オニイサン、マッサージいかがですかー?」。都市部のみならず、地方の繁華街に足を運んだ際も、アジア系外国人女性による客引き行為を目にすることがあるだろう。日本全国に林立する「中国エステ」で働く女性たちは、どこからやって来て、なぜそこで働くのだろうか。
社会学者・開沼博は、「中国エステ」を経営する女性の言葉に耳を傾ける。3ヵ国語を流暢に操り、日本の大学院まで卒業したエリートがなぜ、ネオン輝く夜の世界に“生き場”を求めたのか。そこには、彼女たちの姿に気づかぬ“ふり”をして通り過ぎる多くの者が知る由もない、それぞれが歩んできた濃密な人生がある。
第11回との2回連続で、一人の中国人女性の10年を通して、彼女が異国でもがきながら追い続けた「豊かで幸せな生活」の現実に迫る。連載は全15回、隔週火曜日更新。

「『豊かで幸せな生活』が欲しかった」
「失礼な疑問」に回答する「中国エステ」のママ

 地元でも名門と名高い大学を卒業して中国から来日し、大学院では論文まで執筆して修士課程を修了。そして就職活動も行なっていた。

「中国エステ」店内には間仕切りを設けた個室が並ぶ

 2度目の「中国エステのママ」として多忙な日々を送る彼女が、日本にやって来た「本当の目的」とは何だったのだろうか。具体的な将来の展望があったのか。それとも大学院はビザ取得のための“形”に過ぎず、本心は“金儲け”がしたかっただけなのか――。

 チェ・ホアは、私の「失礼な疑問」に答える。

「うーん、そのへんは微妙なんですよね。正直言えば、お金という部分が大きかったのは事実。だけど、それだけじゃないですよ。簡単にいえば、『豊かで幸せな生活』が欲しかった。大学院に行ったのはたしかに“形”だったかもしれない。でも、就職は本当にしようと思ったんですよ。日本の企業で働きたいと思ってた」

「ただ、学生時代、アルバイトに忙しくて、本当にやりたいことが見つからなかったというのはありますね。『お金を稼がなくちゃ』っていうプレッシャーが大きくて、目の前の生活に流されてしまった。就職しようと思ったのも、いま思えば“安定”がほしかったから。それだけだから、もっとやりたいこととかが明確で、専門的に深く勉強してきた人にはかなわないですよね」

 詳細は後述するが、彼女は中国で民間企業に一度就職しており、一定程度の実務経験も持っていた。

「大学院に通っている時の就職活動では、私は服やアクセサリーが好きなので、アパレル会社をまず受けました。ショックだったのは面接で着ていった服と靴を担当者に批判されたこと。『正直、あまり洋服が好きな方のセンスには見えませんが』みたいなことを言われて。自分でもわかってました。いくら洋服が好きだといっても、オシャレな日本の女のコたちのセンスにはかなわないなって思ってたし。だけど、それがすごくショックだったんですよね」

「あとはもう適当」だった。外国人を募集している企業の面接を手当たり次第受けていった。数十社に応募した結果、面接までたどり着いたのは5社ほどだったと記憶している。そして、すべて落とされた。

「将来の展望とか必ず聞かれるんだけど、その辺を深く考えていなかったから、曖昧なことしか答えられなかったのが原因かなって思ってます。あと、外国人の場合、単に日本語がうまいだけじゃだめで、抜きん出て優秀じゃないとなかなか雇ってもらえないのかもしれませんね。私の場合、就活中も毎日夜中まで働いていたし、結局『日本での就職』というものに対して、本気になってなかったのかもしれません」