また、これまでも扶養照会をしなくてよいとされてきたDV被害者に、親からの虐待被害者が追加された。成人後も深い傷跡を残す幼少時の虐待が、生活保護の運用の中で位置づけられたのは喜ぶべきことかもしれない。しかしDVも虐待も、「当該検討結果及び判定については、保護台帳、ケース記録等に明確に記載する必要がある」とされている。

 本人にとっては確かな事実であっても、本人の申し立てだけで扶養照会を避けられるとは限らないようである。そして客観的な証拠を示すことは、本人にとっても容易ではないことが多い。DVや虐待は、隠れて行うものである。

 菅首相は、「最終的には生活保護」が利用できると述べた。しかし、DV被害者や虐待経験者は、安心して「最後のセーフティネット」である生活保護を利用できるだろうか。はなはだ心もとない。

「扶養を求められても無理」
という日本の実態

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 扶養照会が親族に求めているのは、金品による援助だけではない。手紙や電話など、感情面のつながりを提供することも、援助の一部である。本人は「切れてしまった」と思い込んでいた親族との縁が、生活保護の扶養照会によって復活することも、稀にある。

 しかし、本人が生活保護を必要とする貧困状態にあるとき、親族が貧困ではないのであれば、親族との良好な関係はもはや維持されていないことが多いだろう。本人が貧困かつ親族が貧困なのであれば、親族に扶養を求めても応じられる可能性はないであろう。

 扶養照会は、ほぼ、もはや意味のない「不要」照会である。わずかに残るメリットや、稀に現れる積極的な意義はわずかであり、発生する可能性は低い。すべての人々のための公平な制度であるべき公的制度に含ませておく必要はない。

(フリーランス・ライター みわよしこ)