ベストセラーライターが語る「わかりやすい文章」の落とし穴

「読者の理解力をみくびるな」。その言葉が強く刺さった。日本トップクラスのライター・古賀史健氏。日本では252万部、中国、韓国でもそれぞれ100万部を突破した世界的ベストセラー『嫌われる勇気』の共著者であり、編著書の累計部数は1100万部を超える。4月に上梓したばかりの新刊『取材・執筆・推敲──書く人の教科書』は、はやくも4度目の重版が決定。じつに21万字をかけて語られた「書くことの本質」に、ライターや編集者だけでなく、起業家やビジネスパーソンからも驚愕・絶賛の声があがっている。
今回は、本書の発売を記念し、古賀氏に特別インタビューをおこなった。テーマは「わかりやすい文章の落とし穴」。読者と向き合うべき姿勢について、聞いてみた。(取材・構成/川代紗生、撮影/疋田千里)

「媚びた文章」になるのは、
読者を信じていないから

──『嫌われる勇気』や今回の『取材・執筆・推敲』を読んだときにすごく不思議だったことがありまして。

古賀史健(以下、古賀):はい、なんでしょう。

──古賀さんが書かれていることって、けっして簡単な内容ではないと思うんです。『嫌われる勇気』で紹介されていたアドラー心理学の理論も、しっかり考えないと理解できない。でも、頭のなかが混乱することはない。むずかしいのに、わかりやすい。この現象はいったい何!? と。

古賀:なるほど(笑)。

──コンテンツをつくるとき、読者目線を意識するのはもちろん大切ですが、一方、わかりやすさにこだわるあまり、「媚びた」文章になってしまうんじゃないか、という懸念もあって。そのあたりの境界線を見極めるのってむずかしいなと思うんですが、古賀さんはどう考えていらっしゃいますか。

古賀:「わかりやすい」という言葉の捉え方が違うんだと思います。中途半端に「わかりやすい文章」を書こうとする人は、読者の理解力を低く見積りすぎなんですよ。こう書いたらむずかしいだろうから、これくらいレベルを落として書いてあげよう、みたいな。それって、読者をバカにした発想じゃないですか。

──なるほど。

古賀:そういう気持ちで書いた文章ってね、かならず読者に見透かされるんです。具体的に「バカにされた」とは思わないかもしれないけど、なんとなく嫌な感じがする。レベルを落として書かれた感じが、媚びた印象を与える。

「読者に媚びた文章」になるのは、読者のことを信じていないからなんですよ。

──ああ、すごく身に覚えがあります……。

古賀:ほんとうの意味で「読者に寄り添う」というのは、むしろ「読者の理解力を信頼する」ことなんです。

たとえば『嫌われる勇気』も、もっとレベルを落とした書き方をしようと思えばできた。実際、アドラーブームでそういう本はたくさん出ています。でも、ぼくがやりたかったのは、読者の理解力に敬意を払い、「ここまではぜったいについてきてくれるはずだ」「この崖にもしがみついて、登ってきてくれるはずだ」というぎりぎりのところでコンテンツをつくること。読者の「しがみつく爪」の力を信じていたんです。

この『取材・執筆・推敲』も、若いライターさんたちのことを信じて書きました。けっして簡単な内容じゃないけれど、「ここまで説明すれば、ぜったいに理解してくれる」「1回ではむずかしいかもしれないけれど、5回読めば理解してくれる」と、その理解力に敬意を払って書いたつもりです。

感情や感覚に頼らず
「理の階段」をつくれ

──「中学生や、本をあまり読まない人でもわかるように書きましょう」という文章メソッドもよく見かけます。

古賀:もちろん、中学生でも理解できるように、固有名詞を置きかえるとか、たとえ話を使って説明するとか、そういう工夫は必要です。でも、それは「読者をみくびる」という意味ではないですよね。

わかりやすさにおいて大切なのは、感覚や感情で説明するのではなく、きちんとロジックの積み重ねをしていくこと。この階段をのぼっていけば誰でも最後までたどりつけるよね、という「理の階段」をつくること。たとえば『嫌われる勇気』の場合、小学生の読者さんから感想のお手紙をもらうこともあります。ロジックを追っていく根本的な理解力は、若い読者でも、普段そんなに本を読まない人でも、身につけているはずなんですよね。

──文章を書くとき、誰の顔を思い浮かべていますか? あるいは、読者の姿はまったく想像せずに書いていますか?

古賀:いつもぼくが考えているのは、やっぱり過去の自分なんです。5年前の自分、10年前の自分、あるいは中学生のときの自分。ぼくは自分のことを相当低く見積もっているので、「中学生のおれでも、この内容ならちゃんと理解できるはずだ。この考えに感激するはずだ」と思えるものをつくるようにしています。

ベストセラーライターが語る「わかりやすい文章」の落とし穴古賀史健(こが・ふみたけ)
ライター
1973年福岡県生まれ。九州産業大学芸術学部卒。メガネ店勤務、出版社勤務を経て1998年にライターとして独立。著書に『取材・執筆・推敲』のほか、31言語で翻訳され世界的ベストセラーとなった『嫌われる勇気』『幸せになる勇気』(岸見一郎共著)、『古賀史健がまとめた糸井重里のこと。』(糸井重里共著)、『20歳の自分に受けさせたい文章講義』など。構成・ライティングに『ぼくたちが選べなかったことを、選びなおすために。』(幡野広志著)、『ミライの授業』(瀧本哲史著)、『ゼロ』(堀江貴文著)など。編著書の累計部数は1100万部を超える。2014年、ビジネス書ライターの地位向上に大きく寄与したとして、「ビジネス書大賞・審査員特別賞」受賞。翌2015年、「書くこと」に特化したライターズ・カンパニー、株式会社バトンズを設立。次代のライターを育成し、たしかな技術のバトンを引き継ぐことに心血を注いでいる。その一環として2021年7月よりライターのための学校「batons writing college」を開校する。