文章術を説く本は山ほどありますが、プロのライターになるための教科書は存在しません。ゆえに、ほとんどの書き手が自己流で仕事をし、その技術は継承もされなければ向上もしないという悪循環に陥っています。こうした状況に強い危機感を抱いたのが、世界的ベストセラー『嫌われる勇気』の共著者で、日本トップクラスのライターである古賀史健氏。古賀氏は書くことの大前提にある「考える技術」「考えるためのフレームワーク」さえ身につければ、誰もが素晴らしい書き手になれると断言します。古賀氏の熱と思考と技術のすべてを詰め込んだ新著『取材・執筆・推敲』は、まさに「書く人の教科書」! 本連載では同書冒頭の『ガイダンス──ライターは「書く人」なのか』を5回に分けて紹介していきます。今回は、ライターにとっての「編集」について。

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ライターが「編集」するもの

前回より続く)

 編集者とは「誰が、なにを、どう語るか」を編集する人間だ。

 一方、原稿そのものを編集していくのは作家であり、ライターである。なんの編集もなされないままに書かれた文章は、必要な情報は網羅(もうら)されていてもエンターテインに欠けている。われわれライターは編集という武器を手に入れ、「書く人」から「つくる人」へと変わらなければならない。

 以上がぼくの――つまりはこの本の――大前提だ。

 それでは、ライターにとっての編集とはどのようなものなのか。ぼくは次の3つが揃(そろ)ったとき、価値あるコンテンツが生まれると考えている(図2)。

(1)情報の希少性(きしょうせい)

 いったんライターという立場を離れて、自分がお客さんになった前提で考えてほしい。たとえば画期的なダイエット法を謳(うた)う本があったとする。それを買って、読んでみたとする。しかしそこには「摂取カロリーを控(ひか)えましょう、糖質を制限しましょう、適度に運動をしましょう」といったことしか書かれていないとする。きっとあなたは落胆するだろう。だまされた、買って損した、とさえ思うかもしれない。

 別に、嘘の書かれた不誠実な本ではない。カロリー制限、糖質制限、適度な運動、いずれも科学的な根拠があり、統計的にも裏づけられたダイエット法であるはずだ。書いてあるとおりに実践すれば、おそらく痩(や)せられる。

 にもかかわらず、「だまされた」と思ってしまうのは、なぜなのか。

 ――それが「既知(きち)の情報」だからである。

 コンテンツは、「ここでしか読めないなにか」が含まれたとき、はじめて本質的な価値を手にする。元大統領の回顧録や、著名人インタビューのように、「人」が強いコンテンツであってもその原則は変わらない。よその場所でも読めること。他の媒体でもしゃべっていたこと。言われるまでもない一般論。これら既知の情報だけで構成された原稿は、なんら本質的な価値を持ちえないと考えよう。読者はいつも「出会い」を求め、「発見」を求めているのだ。

 だからこそライターは、常に「ここでしか読めないもの」を探しながら取材をし、執筆していく必要がある。裏を返すとライターは、「なにが既知の情報なのか」を知っておく必要があるし、調べあげておく必要がある。

 漫画雑誌「週刊少年ジャンプ」の欄外には、「〇〇先生の作品が読めるのはジャンプだけ!」のコピーが掲げられている。情報の希少性を考える際、ぜひ思い出してもらいたいことばだ。

(2)課題の鏡面性(きょうめんせい)

 ここでぼくが、きのう見た夢について語りはじめたとする。

「タクシー会社で面接を受けていたら、奥の扉から白いヤギが入ってきて、履歴書を食べはじめた。立ち上がってよく見ると、それはヤギのかたちをしたアイスクリームで、みるみるうちに溶けていった。面接官だと思っていたおじさんはうちの犬で、尻尾をぶんぶん振りつつアイスクリームを舐(な)めはじめた」

 そんな、よくわからない夢の話を、何十ページにもわたって語り続けたとする。

 情報の希少性という観点から見れば、これも十分に「ここでしか読めないもの」だ。おもしろく読めるはずの話だ。しかし、最後まで興味深く聞いてくれる人はほぼ皆無(かいむ)だろう。

 誰だって、自分が見た夢についてはおもしろく感じる。脈絡のないひとつひとつのエピソードを思い返しては「あれはなんだったんだろう?」と笑ってしまう。しかし、ほかの誰かに「こんなおもしろい夢を見たんだよ」と話してみても、さほどよろこんでもらえない。こちらが熱弁を振るうほど、相手は冷めていく。

 自分の夢がおもしろく感じるのは、それが「自分ごと」だからだ。

 そして周囲の誰もおもしろがってくれないのは、それが「他人(たにん)ごと」でしかないからだ。

 われわれは自分が見た夢そのものをたのしんでいるのではなく、「そんな夢を見てしまった自分」を、おもしろがっているのである。

 さて、これをコンテンツに置き換えて考えてみよう。

 なにかの雑誌に、「今月の星座占い」が掲載されている。このとき上から順番に通読する人は、まずいないだろう。真っ先に自分の星座を探しあて、そこを読むと思われる。ぼくの場合は、乙女座だ。そして家族や恋人など、身近な人の星座を読むことはあっても、12星座すべてを読むことはしない。「他人ごと」と「自分ごと」のわかりやすい例である。

 原稿をコンテンツとして成立させるためには、そこになんらかの「自分ごと化」できる要素が必要だ。ぼくにとって、乙女座を含まない「11星座占い」は、ほとんど無価値の読みものである。

 たとえば、おもしろい小説を読んでいるとき。よくできた映画を観ているとき。われわれはその作品世界に没入する。手に汗を握り、心臓がバクバクして、ときに涙さえ流してしまう。そこに魅力的なストーリーがあるからではない。没入の鍵は、物語(ストーリー)の有無よりもむしろ、「人格(キャラクター)の付与」にある。魅力的なキャラクターがいるからこそわれわれは、そこに自分を重ね、作中の出来事を自分ごととして読み、手に汗を握る。自己を投影するキャラクターがいなければ、うまく感情移入することもできない。フィクションの世界で口を酸っぱくしてキャラクター造形の大切さが語られるのは、それが自分ごと化に欠かせない要素だからなのだ。

 では、キャラクターの登場しない、非(ノン)フィクションの原稿に必要なものはなにか。

 ブリッジだ。対象と読者とをつなぐブリッジを架けることだ。

 たとえば、ノーベル賞につながるような学問上の大発見を紹介するとき。専門家たちが「向こう岸」で語り合っているうちは、対岸の火事に過ぎない。そこに橋が架けられてようやく、読者は「自分ごと」として、なんらかの興味や切実さをもって読むことができる。多くの専門家たちは、どうしても「向こう岸」での議論に終始し、橋を架けることに無頓着(むとんちゃく)だ。読者の存在を忘れ、読者との対話をおろそかにしてしまう。対岸からの橋を架け、読者との対話を促すのは、非専門家であるライターの仕事だろう。「自分には関係ない」と思われたら、読んでももらえないのである。具体的にどうやって橋を架けるのかについては、第二部で詳述しよう。

 コンテンツは、なんらかの意味で読者を映す鏡のような存在でなければならない。鏡面性を持たない曇ったコンテンツは他人ごとであり、おもしろく読んでもらえないのである。

(3)構造の頑強性(がんきょうせい)

 ぼくは、自分のことを特別に「文章がうまい」ライターだとは思っていない。

 どんなに下駄を履かせても、中の上くらいのものだ。謙遜(けんそん)しているのではなく、冷静に、客観的に見て、そう思う。ぼくよりも表現力のゆたかなライター、いわゆる「文章がうまい」ライターは、知り合いだけでも何人もいる。かなわないと思うし、尊敬もしている。あんなふうに書けたらいいなと、こころから思っている。

 一方、自分のつくる本について「おもしろくない」とはまったく思わない。むしろ、最高の本に仕上げる自信を――たとえそれが過信だったとしても――いつも持っている。

 いわばこれは、意匠(デザイン)と構造(ストラクチャー)の違いだ。

 たとえばアップルの直営店、アップルストア。ガラス張りの店舗は無駄なノイズが極限まで排され、階段さえも強化ガラスによってつくられている。プロダクトに関する同社の思想を体現するような、すばらしい意匠だ。

 しかし、これが地上30階建ての高層ビルだったら、どうだろう。そうなれば当然、意匠よりも構造が優先される。さすがに全面ガラス張りの建物では、安心して買いものもできないだろう。耐震性、耐久性、耐火性を考えるのはもちろん、1階から最上階までの動線をどう設計するのか、意匠と構造をどう両立させるのかなども、じっくり考えなければならない課題だ。

 文章も同様で、たとえば囲み記事レベルの短いものであれば、構造のことなどほとんど意識しなくてかまわない。表現(意匠)を最優先に書いていけばいい。けれど、文量が多くなればなるほど、構造が重要になってくる。設計図も必要になるし、精緻(せいち)なロジックが求められる。構造を設計する力(構成力)に乏(とぼ)しいライターは、たとえ文章そのものがうまかったとしても、長い文章が書けない。書いてもグラグラの、倒壊寸前のコンテンツになってしまう。コンテンツをつくることは、建造物を建てる作業によく似ている。論理の柱が危うい建物では、まっとうなコンテンツにはならないのである。

 以上、編集者とライターのトライアングルが重なり合ったところで、ほんとうのコンテンツが完成する(図3)。「超」がつくほどのベストセラーやロングセラーとなっている本は、ほぼ例外なくこの図で説明できるはずだ。

(次回に続く)