「世界的なリーディング・シンカー」といわれるノリーナ・ハーツ(ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン名誉教授)が、“孤独ビジネス”の一つであるレンタフレンドを実際に「借りて」みて考えたこととは? 世界的に深まる孤独・孤立問題の構造と処方箋をまとめた『THE LONELY CENTURY なぜ私たちは「孤独」なのか』の一部をご紹介する。
2019年9月24日、ニューヨーク。私(ノリーナ・ハーツ)はピンク色の壁を背に、窓の外を眺めていた。
少しすると、ブリタニーがやってきた。すらりと伸びた健康的な手脚が目を引く。
ブリタニーは、レンタフレンドという会社からレンタルした「友達」だった。レンタフレンドは、ニュージャージーの起業家スコット・ローゼンバウムが、日本で成功したビジネスモデルをもとに立ち上げた会社で、今や世界数十ヵ国で事業を展開している。そのウェブサイトに登録されているプラトニックな友達候補は、62万人を超える。
それは、23歳のブリタニーが夢見たキャリアではなかった。
フロリダの小さな町から名門ブラウン大学に進学したものの、専攻した環境科学関連の就職先が見つからない。それでも巨額の学費ローンの返済は否応なくのしかかってくる。
だから、とりあえず自分をレンタルすることにした。
平均して週に2~3回この仕事をして、それ以外の日は、複数のスタートアップのソーシャルメディア投稿を手伝ったり、仕事受注プラットフォームの「タスクラビット」で、エグゼクティブアシスタントの仕事を請け負っているという。
ブリタニーに会う前、私はかなり緊張していた。「友達」は実のところセックス相手という意味なのか、それにネットで見たプロフィール写真だけで目的の相手がわかるのかが不安だったのだ。
でも、ブリタニーと会って数分で、これは性的なサービスではないと確信した。私たちはダウンタウンを散歩しながら、#MeToo運動や、ブリタニーの憧れの女性だというルース・ベーダー・ギンズバーグ最高裁判事の話をし、洒落た書店マクナリー・ジャクソンでお互いの愛読書について語り合った。彼女の存在が有料サービスであることを忘れてしまいそうになるときもあった。旧友とは言わないものの、新しい友達候補のような感覚だ。
このサービスを利用するのは、どんな人たちなのか。
ブリタニーによると、パーティーに一人で行きたくない物静かな女性や、インドからマンハッタンに引っ越して来たばかりで、夕食をともにする相手を探していた技術系ビジネスマンなどがいたという。ある金融マンは、彼女が病気のときチキンスープを持って見舞いに行くと言ってくれた。
「あなたを雇う典型的なタイプはどんな人?」と聞くと、「孤独な人」とブリタニーは答えた。
「30~40歳の専門職で、長時間働いていて、友達をつくる時間がないみたい」
孤独ビジネスが盛り上がる背景
スマートフォンを何度かタップすれば、チーズバーガーを注文するように簡単に同伴者を見つけられるサービスは、現代の象徴といえる。一人ぼっちだと感じる人をサポートする(そしてある意味で搾取する)「孤独ビジネス」が生まれてきた。だが、この孤独な世紀に苦しんでいるのは、働きすぎのビジネスパーソンだけではない。
新型コロナで「ソーシャル・リセッション(交流の減少)」が起こる前から、米国の成人の61%は自分を孤独な人間だと考えていた。
欧州でも状況は似ている。ドイツでは人口の68%が、孤独を深刻な問題だと考えている。オランダでも約33%の人が孤独を感じており、10%は深刻な孤独を感じている。スウェーデンでは、人口の25%が頻繁に孤独を感じている。スイスでは、38%がときどき、しばしば、またはいつも孤独だと感じている。
英国では、孤独の問題があまりにも深刻になったため、2018年にテリーザ・メイ首相(当時)が孤独大臣というポストを新設した。英国人の15%は、頼りになる親しい友達が一人もいないという。わずか5年前は、その割合は9%だった。人口の75%が、隣人の名前を知らないとし、労働者の60%は職場で孤独を感じると答えている。アジア、オーストラリア、南アメリカ、アフリカでも、人々が孤独に苦しんでいることを示すデータがある。
数ヵ月にわたるロックダウンと自主隔離、そしてソーシャル・ディスタンシングは、この問題を不可避的に悪化させてきた。若者も老人も、男性も女性も、単身者も既婚者も、金持ちも貧者も同様だ。世界中で、人々は孤独で、周囲から切り離されて、孤立していると感じている。私たちは今、グローバルな孤独危機に見舞われているのだ。
ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン名誉教授
戦略、経済的リスク、地政学的リスク、人工知能(AI)、デジタルトランンスフォメーション、ミレニアル世代とポストミレニアル世代について、多くのビジネスパーソンや政治家に助言している。「世界で最もインスピレーションを与える女性の1人」(ヴォーグ誌)、「世界のリーディングシンカーの1人」(英オブザーバー紙)と評価され、世界のトレンドを見事に予測してきた。19歳で大学を卒業し、ケンブリッジ大学で博士号を取得した後、ペンシルベニア大学ウォートンスクールでMBAを取得。ケンブリッジ大学国際ビジネス・経営センターの副所長を10年務め、2014年より現職。最新刊『THE LONELY CENTURY 私たちはなぜ「孤独」なのか』が7/14発売。