「完全キャッシュレス」に乗り出したドムドムの新たな挑戦
こうして成長を続けているドムドムハンバーガーは、新たな挑戦のため、さらに大きな一歩を踏み出した。それが、なんと高級和牛バーガーをメインとした「完全キャッシュレス」の新業態『ツリーアンドツリーズ(TREE & TREE’s)』だ。
店頭には、スタッフの接客が不要の「タッチパネル」を活用したセルフレジを導入。「スタッフの負担も減りますし、お客様もじっくりとメニューを選べる。ずっと前からやってみたかったんです」
現金でのやりとりをなくした「完全キャッシュレス」も、社内中の反対を押し切って実現させた。これもコロナ禍の影響ですか、と質問すると、予想外の答えがかえってきた。
「これはね、コロナ禍はあまり関係がなくて。じつは2年前からやりたいと思っていたんです。私自身もそうですし、お客様の様子を観察していても、現金でのやりとりがなくても困らない方がほとんどじゃないかと思って」
はじめは驚いたが、言われてみればビジネスパーソンが多い新橋エリアだ。現金よりも電子マネーを主軸にやりくりしている人も多いだろう。これもお客様の様子を日々、観察し続けているからこその判断なのかもしれない。
『ただ成長すればいい』という時代は終わった
めまぐるしく変わっていくニューノーマルの時代に必要な経営戦略について、彼女はこう語る。
「もちろん、事業において目標や予測を立てることは必須ですよ。マーケティングをいっさいしないとか、データを見ないというわけではありません。ただ、私はこんなときこそ、溢れ出す不確定な情報に惑わされず、本来の経営理念に基づいた意思決定・課題解決をするべきなんじゃないか、と思うんです」
2018年8月に社長に就任して以来、ドムドムハンバーガー再生のために力を費やしてきた藤﨑さん自身は、どんな経営方針を導き出したのか。
「コロナ禍になり多くの人が生き方を見直した結果、『モノではなく心』にこそ価値がある、という風潮になってきたように感じていて。もちろん、ビジネスをやる以上、利益を出すことは必須です。けれど、『ただ成長すればいい』という時代は終わっているように思うんですよね。だから『お客様が愛し続け、50年守ってくださったドムドムハンバーガーのブランドを育む。そのブランドは、スタッフ・消費者の人生に寄り添い、並走し、共感・共存することで構築する』。これが私の経営指針です」
お客様やスタッフなど、周りの人々への思いやりと、日々の売上を細かくチェックしながら状況判断する即断即決の実行力。藤﨑さん自身は「普通のこと」と強調するが、その「普通のこと」を継続できる人材が少ないからこそ、彼女はあらゆる場所で求められているのではないだろうか。
余談にはなるが、インタビューを終えて席を立とうとすると、ぽつりぽつりと雨が降ってきているのに気がついた。うっかり傘を忘れてしまったことを思い出し、どうしようかと内心で困っていたとき、藤﨑さんが「ちょっと待って」と声をかけてくれた。
「私、傘たくさんあるから持っていって。おばさんくさくてちょっと申し訳ないけど」
こちらが気を遣わないようにと思ったのかは定かではないが、藤﨑さんはそう言って、上品な折り畳み傘を手渡してくれた。
「藤﨑さんって、ああいうことを本当に当たり前にできる人なんですよ。いやあ、やっぱり素敵な……すごい人ですよね。彼女の生き方をもっと多くの人に知ってもらいたいなと思って、今回の本をつくったんです」
帰り際、藤﨑さんの本を担当した編集者の方がそう言った。
彼女の人生が、そしてドムドムハンバーガーの復活劇がこれからどうなるのか、まだまだ目が離せない。
藤﨑忍(ふじさき・しのぶ)
1966年、東京都生まれ。青山学院女子短期大学卒。政治家の妻になり、39歳まで専業主婦。しかし夫が病に倒れ、生活のために働き始める。最初はギャルブームの頃のSHIBUYA109の店長。若い店員とのコミュニケーションがうまく、また店頭ディスプレーのセンスも良く、店の売上は倍増。ところが経営方針の変更により、退職。アルバイトでしのぐが、たまたま空き店舗を見つけ、居酒屋を開業。すると料理の美味しさや接客の良さで一躍人気店に。その腕を常連客に見込まれ、ドムドムのメニュー開発顧問に。「手作り厚焼きたまごバーガー」をヒットさせ、ドムドム入社。その後わずか9ヵ月で社長に。「丸ごと!!カニバーガー」などが話題になり、ドムドムの業績は確実に回復している。テレビ朝日系「激レアさんを連れてきた。」出演で話題に。著書に『ドムドムの逆襲』(ダイヤモンド社)。
(撮影/ホンゴユウジ)