ビジネスケアラー自身も周囲も気づかない落とし穴

 落とし穴のひとつは、社会全体に残る「介護についての先入観」だ。勤務先で上司に相談しても「大変だね。会社も制度をいろいろ用意しているようだから、それを使って休んだら」などと言われがちである。上司に悪気はない。会社の制度を利用して介護に取り組むように励ますことは、当然のことと考えているのだろう。しかし、相談したビジネスケアラーにとってはどうか。

佐々木 管理職を対象に、「介護をしながら現在の勤務先で仕事を続けられると思うか?」と聞いたところ、3人に2人は「続けられない」、あるいは「分からない」と答えています。介護というと、多くの人が車いすや寝たきりになった親の世話をしなければならないというイメージがあり、介護保険によるサービスを利用するにしても、仕事と両立するのはとても難しいと思い込んでいるのです。

 介護=家族がみるべきもの、介護=認知症または寝たきり、介護=食事または排泄物の世話――こういった観念にとらわれていると、介護=誰かが我慢するしかない、という道しか見えなくなってしまいます。その結果、とりあえず頑張るしかないということになりがちなのです。

迫る「2025年問題」、企業は「ビジネスケアラー」にどう向き合うべきか厚生労働省WEBサイトの「仕事と介護の両立支援 ~両立に向けての具体的ツール~」ページから、企業向けのガイドブックや実践マニュアルなどもダウンロードできる

 もうひとつは、親子間(被介護者と介護者)の関係だ。

佐々木 介護の本質は、あくまで、介護を受ける本人(ビジネスケアラーの親など)がどのように自分の人生を生きたいのか、ということです。その考えや希望を尊重しつつ、親族をはじめとした周囲の関係者がサポートしていくには、前もって本人の考えや希望を聞いておく必要があります。

 ところが、日本では親子間でそうした話をする機会は少ないのではないでしょうか。親と離れて生活していればもちろんのこと、同居しているケースでも、介護が必要になった場合の希望や、さらには終活について、改めて面と向かって話をすることはあまりないでしょう。そのため、いざ介護が必要な状況になって、本人がどのようなことを希望しているのかが分からないまま、世間一般に言われるようなかたちで頑張ろうとしてしまうのです。

 最近の研究*8 では、介護発生前の個人の備えや会社の形式的な情報提供が、介護離職や介護疲労を抑制するのではなく、むしろ、仕事と介護を両立しやすい体制づくりを妨げている可能性もあるという。

*8 「介護発生前の個人の備えや会社支援が、介護離職・介護疲労に与える影響」 大嶋寧子(リクルートワークス研究所)

 ポイントは「介護は身内がするもの」という根強い社会通念の存在だ。会社における集合研修やセミナーの実施、パンフレットなどによる情報提供、上司との会話、個人(介護者)による地域包括支援センターへのコンタクト、被介護者(親)の希望確認などを通じて、「介護は身内がするもの」という根強い社会通念の存在が浮き彫りとなり、介護の初期段階において、プロフェッショナル(専門家)に介護を委ねる体制にマイナス作用をもたらすこともあるのだ。

 企業も個人(従業員)も「介護は身内がするもの」という社会通念によって、負のスパイラルに陥っている。佐々木氏も自身の体験を踏まえてこう述べる。

佐々木 リクシスを立ち上げたのも、実は、私の両親が80歳を超えて介護の問題が目の前に迫ってきたことがきっかけでした。いろいろ調べたり、介護の経験者に教えてもらったりするなかで、いかに自分が何も知らないか、間違った概念に染まっているかに気づいたのです。

 特に、親の介護が必要になったら、子が仕事を休むのが当たり前という“常識”のおかしさ。現在、介護には国の介護保険制度をはじめ、さまざまな選択肢が用意されています。人材不足などの課題もありますが、日本の介護のレベルは高く、優れたケアが行われています。

 経験値ゼロの家族が面倒を見るより、プロの力を最大限に利用する方が絶対に良いはずです。従来の“常識”を見直すことが、仕事と介護の両立を進める第一歩なのです。