日立日立の改革は外部から見えているほどには順風満帆ではなかった Photo:123RF

『週刊ダイヤモンド』10月2日号の第1特集は「日立財閥 最強グループの真贋」です。東芝、三菱電機、パナソニックなど日系電機メーカーが凋落する中、唯一気を吐いているのが日立製作所だ。デジタル化を軸にした同社の改革は本物だったのか、本当に世界で勝てる実力が付いたのか――。脱製造業のモデル、日立の真贋に迫ります。

日立復活の裏に「二番底危機」や
“虎の子上場子会社”の抵抗があった

 日立製作所は、かつて「総合電機」を名乗っていたパナソニックや東芝に比べて、頭一つ抜けた存在になった。

 リーマンショック後の2009年3月期決算では、7873億円という日系製造業史上で過去最大の最終赤字に沈んだが、そこからV字回復を果たし、現在の時価総額は4倍超に達している。

 日立は収益力を改善しただけではない。事業の買収と売却を繰り返して、旧来の製造業からデジタル技術を使ったソリューション事業へと本業をシフトしてきたのだ。

 しかし、日立の改革は外部から見えているほどには順風満帆ではなかった。

 東原敏昭会長兼CEO(最高経営責任者)は14年に中西宏明氏から社長を引き継いだ後、社内の実態を知るにつけ、「このままでは日立がもう一回赤字になるという危機感をひしひしと感じていた」とダイヤモンド編集部の取材に対して明かしている。

 リーマンショック後、倒産の危機を経験したばかりにもかかわらず、他人に任せておけば何とかなるという弛緩した意識が蔓延。「大企業病が払拭できておらず、いわゆる茹でガエル状態だった」(東原氏)というのだ。