個別対応とボトムアップを忘れないことが重要

「健康経営」という看板を掲げただけでは思ったような効果が出なかったり、むしろ、コスト倒れとなる失敗も起こっていく。より高い効果を上げて失敗を防ぐ具体的な方法とは?――山田氏はこう解説する。

山田 「健康経営」は、個別対応とボトムアップを忘れないことが重要です。そもそも、個人情報の扱いに極めて慎重な欧米と違い、日本では法的に従業員の健康診断の結果などを会社が保管・管理することができます。ですから、遅れているデジタル化とデータ活用が進めば、欧米企業以上に、一人ひとりの従業員に適したwell-beingの向上が実現するはずです。すでに国ではPHR*5 の活用を進めており、40歳以上を対象とした特定健康診査の結果についてはマイナポータル*6 との連携がなされています。近い将来、国民一人ひとりが自分の健康データを転職などの際に持ち歩くようになるでしょう。

*5 Personal Health Record。個人の健康・医療・介護に関する情報。
*6マイナポータルは、政府が運営するオンラインサービス。子育てや介護をはじめとする、行政手続の検索やオンライン申請がワンストップでできたり、自分専用のサイトページで行政機関からのお知らせを受け取ることができる。(内閣府ホームページ「マイナンバー(社会保障・税番号制度)」より)

 また、ボトムアップも忘れてはなりません。たとえば、睡眠と生産性は相関関係が強く、場合によっては労災に直結します。そのために、「人事部などが実態調査を行おう」となりがちですが……その前に、従業員が本当に睡眠に悩んでいるのか、改善したいと思っているのかを確認すべきです。そうしないと、新たな施策を導入してもほとんど利用されないといった結果に終わりがちです。相談窓口についても、人事部、産業医、外部の専門家など、社内外に複数の選択肢を設けることをお勧めします。媒体も、対面、電話、メール、チャットなど、複数の選択肢があるのが望ましいでしょう。

 同じ意味で、具体的な健康施策の導入や実施は、「全社一律にはやらない」という選択も意外に重要です。人事施策の多くは、すべての部門、すべての社員を平等に扱おうとする傾向がありますが、待遇にしろ、異動にしろ、人事とは、本来は不平等なものです。それをみんな平等に、均等にやろうとするため、「誰でも参加できるけれど、誰も参加しない」ような施策になってしまいます。むしろ、データをもとに、困っている従業員や問題を抱えている層をしっかり絞り込み、そこに刺さるような施策をすることでより効果が高まることもあります。

「健康経営」は、企業にとって人事戦略における強力な武器になり得る。従業員にとっても所属組織との関係性を測る目安であるとともに、自身のキャリアや人生を充実させるきっかけになる。ただ、企業経営者や事業担当者がその勘所や難しさを踏まえておかないと、表面的なものに終わってしまうリスクもある。「健康経営」の価値をより高めていくには、企業と従業員双方の関与と協力が欠かせないのである。山田氏が推進するクラウドソフトによる “健康状態の可視化”は、その手段のひとつに違いない。

山田  当社は「働くひとの健康を世界中に創る」をパーパス(存在意義)として掲げています。いまは法人向けのサービスを手掛けていますが、ゆくゆくは一人ひとりの個人が健康と向き合えるサービスに広げていきたいと思っています。

「働くひと」が健康になれば、組織が健康になります。組織が健康になれば社会が健康になります。社会が健康になれば、また、「働くひと」が健康になります。

 多くの方たちと一緒に、この好循環が当たり前の世界を創ることができれば、こんなにうれしいことはありません。