しかしながら、阪神・淡路大震災による被害の様相や地方での仕事を通過した後、方向性を大きく転換する。以降は木材の多用や土地の景観に溶け込むことを趣向した「負ける建築」「消える建築」といった独自の価値観に基づく新たな建築を数多く手掛けていくようになる。

 例えば、近年の代表作である「スターバックス コーヒー 太宰府天満宮表参道店」(2011)では、長い歴史の中で培われた場の格調を損ねることのないデザインを披露し、約2000本のヒノキ材を格子状に組み上げ、くぎを一切利用しない個性的なスタイルで話題を集めた。

 ほかにも、福井県の老舗料亭「開花亭」の別館となる「sou-an」ではガラスを木材のランダムな格子で覆うアプローチにより、伝統文化を守りつつ革新を試みた。特に2000年代以降は商業施設のほか地方の公共施設や自治体庁舎の設計なども手掛け、景観に溶け込む柔和さを持ちながらも先進的なデザインであるという離れ業を数多く世に送り出すこととなる。

 また、長年のキャリアの中で建築以外にもさまざまな領域で活躍を続けている。刊行した建築書は業界に新たなインスピレーションを与え、東京大学・慶應義塾大学・イリノイ大学・東京藝術大学などで教鞭に立つなど、後進の育成とさらなる研究にも注力する。受賞歴も数多く、特に2009年にはフランス芸術文化勲章(オフィシエ)を、2019年には紫綬褒章を受章するに至った。

 以上はあくまでも隈研吾という人物が成し遂げたことの一部にすぎず、ここでそのすべてを紹介することは難しい。“近代建築界のリビング・レジェンド”と言っても過言ではないほど、多岐にわたる活動を続けている。