それは今から12年前、2009年のこと。中国の電子商取引(EC)最大手アリババが運営する通販サイト「淘宝(タオバオ、Taobao)」に、曹県の一人の住民が初めて服飾を販売する店を開いた。それに続いて、ほかの県民たちもまねしてECサイトで商品の売買を始めた。最初は、パソコンやスマートフォンの操作すら分からなかったという。

 こうしたECショップが徐々に売り上げを伸ばしはじめたことに、貧困からの脱却を試みる地元政府が注目した。ECが一つのビジネスチャンスであることに気付き、地元政府の幹部たちも県民と一緒にITの勉強をし始めたのだ。その後、本格的に政策を打ち出して、県民のEC販売を全力で支援している。

 県政府はまず、電子商取引サービスセンターを設立し、特別チームを作った。また、ECの専門家を県外から招いて、県民を対象に無料で勉強会を開いた。県の幹部らは銀行にも足を運び、起業に特別融資を提供するよう要請。低金利で50万元(約850万円)を起業資金として借りることができる制度を設けた。

出稼ぎに出た若者に手紙で呼びかけ
県長自ら「漢服」をPR

 そのほか、毎年春節(旧正月)の時期には、出稼ぎで出て行った若者に手紙を送ったという。手紙では、「外で働くより、故郷に戻って一緒に起業しませんか。故郷の発展にともに力を合わせましょう」と呼び掛けた。こうした一連の取り組みで、たくさんの県民がECビジネスを始めた。若者から村のお年寄りまでもが事業に参加し、燎原(りょうげん)の火のごとく県内のEC事業は活発化していった。

 曹県がITを活用して、「稼ぐ地域」になったことを示すこんなデータがある。アリババグループは、自社が運営する通販サイト「淘宝(タオバオ)」において、ショップの数が世帯数の10%以上、年間取引額1000万元以上に上った“淘宝(タオバオ)村”を、「2020年淘宝(タオバオ)村100強県名簿」というリポートで発表している。その中で曹県は、中国全土で2番目に淘宝村が多い集落として紹介されているのだ。約30万人がEC事業に関わっているという。

 今はやりの漢服も、ほとんどネットで売買されている。ここでも、官民一体となって県を挙げてのプロモーションが行われているという。現在、曹県の県長は女性である。県長自らがモデルとなり、ネットの中継販売に出演しているのだ。SNS上では、「漢服姿の県長だ!」と、大きな話題になった。彼女の出演時には、わずか30分で3000セットの漢服が売れたという。

 またIT化が奏功しただけでなく、時流も曹県のビジネスに味方した。曹県は昔から「寿衣」(お葬式の時に故人に着せる着物)や舞台衣装の製造、卸業が盛んであった。これらには漢服のデザインや縫製と共通するところがあり、先述の「漢服」の流行がビジネスのチャンスにつながったのだ。

 加えて、棺の製造業については、曹県で桐の生産が豊富であることも産業の発展に貢献している。桐は成長期が短く、大量に産出しやすいという特徴がある。また、軽くて薄いため、運びやすく、燃やしやすい。棺の材料としては最適である。