ちなみに、中国のテレビコンテンツは、オーディション、リアリティーショー、ドラマがその3本柱だと言われているが、植木氏は次のように話している。

「ドラマは言うまでもなく、中国のオーディション番組の審査員に台湾のトップスターが参加するようになったのも大きな変化でした。台湾や香港の大物たちが大陸のさまざまなバラエティー番組にまで続々と進出していく現象が起こったのです」

 習近平政権による露骨な締め付けが行われる直前の両岸三地では、芸能人たちが融合し、中国・香港・台湾の視聴者に共有される“中華圏の一大コンテンツ”が開花しようとしていたのだ。

 台湾や香港の芸能人たちが、チャンスをつかもうと中国市場を目指した背景には、こうした“胎動”を感じたためでもあるだろう。芸能人には見られてナンボ、売れてナンボという側面がある。これだけ大きい中国市場を捨てることはできない、というのは芸能人としての当然の心理でもあった。

芸能人に政治的忠誠心を問うのは厳しい

 しかし、台湾や香港の芸能人が今、直面しているのは政治的対立だ。たとえば台湾では、大陸融和派の国民党と、台湾独立志向派の民進党の対立が激化しているが、芸能人はファンから「あなたはどっちなの」と“踏み絵”を迫られている。芸能人として成功するには巨大市場を選びたいところだが、しかしそれは「故郷」との縁を断ち切ることにもつながる。

 複雑な政治情勢の中で、台湾の芸能人はどう立ち回るのか。

 芸能人たちに迫る“踏み絵”が、“二つの建国記念日”だ。中華人民共和国の建国記念日は10月1日で「国慶節」と呼ばれる。一方、台湾側は10月10日の「双十節」を建国記念日として祝っている。植木氏によれば「芸能人が祝賀メッセージを10月1日にツイートするのか、10日にツイートするのかで、ファンたちはどちらに忠誠心を示すのかを見極める」のだという。

 しかし、中国に肩入れすれば台湾のファンから総スカンを食らい、台湾に肩入れすれば中国のファンから背を向けられる。世界中が中国と米国の対立にのみ込まれ、その重く苦しい悶絶と最前線で闘っているのはほかでもない香港や台湾の芸能人たちだ。そう簡単には割り切ることができない両岸関係であるだけに、植木氏は「職業としての芸能人に政治的忠誠心を問うのはあまりに酷だ」と嘆息する。

 もっとも、中国共産党は“一大中華エンターテインメント”というソフトパワーを利用した“統一”をもくろんでいたのかもしれない。しかし時代は打って変わり、軍事的手段というハードパワーによる統一が現実のものとして迫りつつある。

 ある意味で東アジアの安定を象徴した“一大中華エンターテインメント”だったが、その開花を待たずしてしぼんでしまうのか。今となっては、あの黄金期が惜しまれる。