「一度買ったら、プロの人だって7、8年。一般家庭で15年から20年持つんです。刃がすり減ってきたら目立て直しもしています。こう、グラインダーで表面を削って、まっさらにしてね。前に刃があった場所とは微妙に変えて、新しく一から打っていくんです」

 目立て直しの値段は売価の半分。銅のおろし金自体は安くはない買い物だが、長く使えることと、直してもらえることを考えれば、決して高いものではない。

──でも、それじゃ儲からないんじゃないですか?

「まあ、そうです。だから地味な世界なんです(笑)。昔は職人の数も結構いたんだそうですよ。ところがほら、手間のかかるわりに食べられないということで、どんどん辞めていっちゃたらしいんですよ。ここのお店が生き残ったっていうのはただ頑固にやってたってだけで、競争して打ち負かしてっていうんじゃない。生き残った感じです」

大矢製作所の職人達。関東で残っているおろし金の工房は、大矢製作所とあと1軒のみだ

 日本料理に欠かせない名脇役である銅のおろし金がなくなってしまえば、和食を世界に発信どころではない。世界遺産化へのプロジェクトにも多くの料理人がPRのために駆り出されているが、日本の食文化を縁の下で支えているのは料理人ではなくて、こういう職人たちや食材をつくっている生産者なのだ。 

 幸いなことに大矢製作所には岩渕さんの他にも若手の職人が籍を置いている。おろし金はどうやらしばらくは一安心というわけである。

 それにしてもおろし金について考えていると、日本人というのは本当に真面目な人たちだということがよくわかる。焼き上げた秋刀魚や卵焼きの横にちょっとついているだけの大根おろしに、技術と工夫をつぎ込んできたのだから。

 それが今後、どう変わっていくのかわからない。それはともかくとして、こうして原稿を書いているあいだも、黙々といい仕事をして食を支えている人たちがいることは、僕をなんとなく勇気づけるのである。

【動画】大矢製作所 おろし金職人

(写真・映像/志賀元清)