世界が注目するSX(サステナビリティ・トランスフォーメーション)に、日本企業はどう立ち向かうべきか?デザイン:McCANN MILLENNIALS

持続可能な社会を実現させるべく、世界中がSDGs(持続可能な開発目標)への取り組みを加速させている。企業にも持続可能性が求められており、ESG(環境・社会・ガバナンス)投資という言葉が取り沙汰されることも増えてきた。そこで注目されているのがSX(サステナビリティ・トランスフォーメーション)だ。企業として稼ぐ力を維持・強化すること、変化に強い組織経営を行うこと、そしてSDGsやESGを経営へ反映させることがSXには欠かせない。
『大企業ハック大全』の刊行に先駆けて、2021年10月31日に開催されたONE JAPAN CONFERENCE 2021では、大塚友美氏(トヨタ自動車株式会社 執行役員 Chief Sustainability Officer)、楠見雄規氏(パナソニック株式会社 代表取締役 社長執行役員 グループCEO)、竹内純子氏(国際環境経済研究所 理事 / U3innovations合同会社 共同代表 / 東北大学 特任教授)、冨山和彦氏(株式会社経営共創基盤 IGPIグループ会長)をゲストに、テレビ東京 ニュースモーニングサテライト解説キャスターでデジタル副編集長の豊島晋作氏進行のもと、日本の大企業がSXにどう向き合うべきか議論した。(構成/矢野由起、撮影/伊藤 淳)

地政学的に不利な状況下でも、カーボンニュートラルに向かう日本の製造業

世界が注目するSX(サステナビリティ・トランスフォーメーション)に、日本企業はどう立ち向かうべきか?楠見雄規(くすみ・ゆうき)
パナソニック株式会社 代表取締役 社長執行役員 グループCEO
京都大学大学院工学研究科応用システム科学専攻博士課程前期を修了後、1989年に松下電器産業株式会社(現・パナソニック株式会社)に入社。技術者としてデジタル放送の立上げやブルーレイレコーダー等の商品開発に携わる。コーポレートR&D戦略室長、テレビビジネスユニット長を経て、2014年に役員に就任。AVから白物家電、自転車、さらに車載電池、車載機器事業に携わり、2021年にパナソニック株式会社 代表取締役社長執行役員グループCEOに就任。

豊島晋作氏(以下豊島):さまざまな企業経営者や機関投資家から、「環境問題やサステナビリティに取り組まない企業には投資をしないという流れが生まれている」と聞きます。そのような状況について、どうお考えですか?

冨山和彦氏(以下冨山):SDGsやESGに関する話は、人類や地球の将来にとって正しい理論である一方、プラグマティズムなんです。リニューアブル(再生可能な資源への代替)は、ビジネス的展開や地政学的、気象学的条件においてヨーロッパのほうが有利。「正しいことだから推進しよう」とする啓蒙主義と実利的な昔の帝国主義みたいなもの、その両方が重なることで世の中は動き出します。今はちょうど、それらが重なりはじめている時期ではないでしょうか。

楠見雄規氏(以下楠見):日本は地政学的に不利な条件にありますが、それでも気候変動の問題には正面から向き合わなければなりません。パナソニックでは、電池やエネルギーマネジメントといった直接的に貢献できる事業から家電の省電力化まで、さまざまな方法で環境問題に取り組んでいます。

 当社創業者の松下幸之助は、250年かけて「物と心が共に豊かな理想の社会」の建設を目指すと打ち出しました。そのためには、私たちの次の世代の社員にも、同じ使命を持って進んでもらう必要があります。今は非常にしんどいし難しい状況ですが、技術や努力によって皆で乗り越えていく機会でもあるのです。乗り越えるなかで生み出したものを他社にも提供することが、社会全体のカーボンニュートラルにつながるだろうと考えています

豊島:トヨタ自動車に対してはEV化への関心が高まっていますが、一方でEVや脱炭素へ舵を切ることは、自動車業界で働く550万人の人々の雇用問題にもつながると指摘されていますね?

大塚友美氏(以下大塚):私たちもカーボンニュートラルを実現すべく、全員で力を合わせて進んでいかなければならないと考えています。そのために必要なのは、多様な選択肢です。グローバルにビジネスをしていると、国や地域ごとにエネルギー事情や車の使われ方などに大きな差があると気づかされます。一本足打法では太刀打ちできません。地に足をつけたトランジションの過程をしっかり考え、550万人の皆さんと一緒に変わっていかなければなりません。

 9月7日には電池の開発と供給の取り組みの説明を、10月29日には新型BEV、bZ4Xの詳細を発表しました。今後はバッテリーEV(BEV)もたくさん製造・販売していく予定です。

豊島:現場で努力を重ねる優秀なものづくり企業がある中、環境問題に関するルール作りは他国が先行しているイメージです。長年COP(国連気候変動枠組条約締約国会議)に参加してこられた竹内さんは、世界のルール作りの実情についてどう感じていますか?

竹内純子氏(以下竹内):たしかに、気候変動の問題は欧州が優勢だと感じます。ただ、SDGsとして17のゴールが掲げられているにもかかわらず、世界の関心は気候変動に集中しているようにも思います。気候変動に長年関わった立場とすれば、注目が集まるのは嬉しいのですが、この「気候変動一神教」という状況は、「誰一人取り残さない」というSDGsの趣旨に照らし合わせるとよいのだろうかと。

 とはいえ、この問題がビジネス上のリスクでもあり、チャンスでもあるので、いい技術で貢献することや、国民の行動変容を促すルール作りをするのが国の役割と言えます。パリ協定の下で、行動の主体は徐々に、民間に降りてきています。それを私たち自身も理解する必要があるでしょうね。

豊島:欧州は政府から民間への公的支援がかなり手厚いですよね。しかし日本は必ずしも支援が十分とは言えないという声もあります。行動の主体が民間に降りてくることで、日本企業はさらに苦しくなるリスクはありませんか?

冨山:欧州のほうが伝統的に官民複合体的な資本主義なんです。フランスはまさに典型的。政府と民間の関係性も、環境への対応と連携している部分がありますね。そして、もうひとつ気をつけるべき論点は、国ごとの気候条件の違いです。日本は緯度が高くて晴天率が低く、風もコンスタントに吹かないという不利な条件です。そうすると当然、国の政策性が大きく影響します。

竹内:国際的なレベル・プレイング・フィールド(公平な競争条件を作ること)が求められるなか、途上国はこれから発展する権利があるため、今後もCO2排出量が増える国が多い。中国の目標が典型ですね。2030年までにCO2排出量をピークアウトさせるということは、それまでは増やす権利があるということを主張しているわけです。各国の状況が大きく異なる中で、レベル・プレイング・フィールドを確保する交渉は非常に厳しいでしょう。

 日本政府は、重要な問題かつ日本が勝てる分野に集中特化した保護施策を打つ必要があります。現在はまだばらまき主義的なので、集中的に支援を行っていかなければなりません。