もう一つがフグだ。フグと言えば下関のイメージがあるが、実は愛知県のトラフグ漁獲量は全国で1、2位を争うほど多い。日間賀島のフグ漁は少なくとも昭和初期頃から行われていたようだが、東海地方ではフグを食べる習慣がなかったので、三重県の鳥羽港に水揚げし、関西方面に出荷されていた。

 ところが平成に入った頃、日間賀島のフグが空前の豊漁となった半面、下関のフグは記録的な不漁となったためフグの買い付けが島に殺到し、フグバブルが降って湧いた。フグがもうかることに気付いた日間賀島はフグの観光資源化に着手し、各旅館が「ふぐ調理師免許」を取るなどの準備を進めた。

 そして1990年代半ばから陸上・海上の交通を担う名鉄と、島の基幹産業である漁業と観光業がタッグを組みPRを開始。「福(ふぐ)と多幸(たこ)の島」として打ち出した結果、東海地方では知られた存在となったのである。

3島のキャンペーンに
JR東海が乗り出した理由

 これをさらに関東、関西に広めていこうというのが、JR東海と子会社のJR東海ツアーズが12月1日から来年3月31日まで実施中の「あいちフグタコ旅」キャンペーンだ。ここまで島と名鉄の結びつきを強調してきただけに、唐突にJR東海が出てきたことに戸惑ったかもしれないが、コロナ禍で鉄道の観光利用が低迷する中、旅行者を誘致したいという点でJR東海、名鉄、地元の思惑は一致している。

 JR東海が発信力を生かして関東、関西でPRすることで、これまでより広いエリアからの来島が期待される。観光客の増加は3島はもちろんのこと、名古屋からの輸送を担当し観光開発を進めてきた名鉄にとってもプラスになる。JR東海が制作したキャンペーンPRポスターには名鉄百貨店の巨大マネキン「ナナちゃん」が起用されるという蜜月ぶりだ。

 ただJR東海は3島の先を見据えている。というのも、日間賀島の観光客は年間約30万人。仮にキャンペーンの効果で観光客が1割(3万人)増加したとしても、東海道新幹線の年間利用者約1.7億人(2019年度)からみればわずか0.02%にすぎず大勢に影響はない。

 JR東海はこれまで「そうだ京都、行こう。」や「うましうるわし奈良」など定番観光地の送客キャンペーンを打ってきた。しかし、アフターコロナにおいては大勢の人で密集する土休日を中心とした大規模な観光地ではなく、平日にピークをずらしてこれまでとは違う観光地を訪れる分散型の旅行需要が高まると考えられている。

 コロナ禍により新幹線の需要は大きく低迷し、収束後もビジネス需要は元には戻らないとみられる中、新幹線の利用を喚起するためには、これまでは手を付けてこなかった小さなニーズを細かく拾っていく必要が生じる。

 JR東海が昨年夏から展開する「ずらし旅」はこうした変化を踏まえ、アフターコロナを見据えた取り組みである(『JR東海が17年ぶりのCM発表会で提唱する「ずらし旅」とは』)。一つ一つの需要は小さくても、それを積み重ねることで新たな人の流れを作る。旺盛なビジネス需要に支えられ、均一・大量輸送を行ってきた東海道新幹線にとって、大きな変化と言えるだろう。