「どんな人生でも、ありなんだよ」
「いやー、そうなっちゃったかぁ」
そこまで考えて、はっとした。離婚するしかないかもしれない、と母に言ったときに言われたことを思い出したからだ。
電話で母に伝えたとき、母は、怒るでもなく、悲しむでもなく、ただ優しい声で、言った。
「どんな人生でも、ありだよ」
一瞬、何を言われているのか、わからなかった。
これから娘が離婚しようとしているときに、この人は、何を言っているんだろうと思った。
「だって、そうじゃん。みんなの人生じゃないじゃん。紗生の人生でしょ? 紗生が選んで、いいんだよ」
不安だった心が、じわじわと、溶けていくのがわかる。
そうだ、あのとき母は、たしかにそう言った。
「どんな道を選んだって、いいんだよ。間違ってないんだよ。人間だもん。そりゃ色々あるよ。どんな人生でも、ありなんだよ」
ああ、そうだ。
母は、私が生まれたときから、教えてくれていた。
どんな色だとしても、間違ってないんだと。おかしいなんてことは、ないんだと。
「正解の色」なんてどこにもなくて、今私の色が、あっちこっちのパレットからかき集めたぐちゃぐちゃの色の集合体で、ほとんど真っ黒な汚い色になってしまっていたとしても、それは、間違ってはいないのだと、幼い頃からずっと、教えてくれていたのだ。
「正しい色」というものは、どこにも存在しなくて、私たちは、誰かに「あなたの色、きれいだね!」と言ってもらいたくて、生きているわけではない。
自分が、「この色、好きだなぁ」と言えるようになるために、今こうして一生懸命、日々を生きている。
どの色を選択するかは私次第で、そして私はこれまで生きてきた中でいつでも、自分の本能が「これだ!」と思う方を選んできた。選んだ結果が、今だ。
だから、今この瞬間にできている自分の色が泥水みたいに汚く思えても、それを恥じる必要なんか、ない。
私は、私であるべくしてここにいて、この色を作るべくして作った。誰の真似だとしても、誰に「おかしい」と、「間違っている」と非難されたとしても、この色は私の色だと、胸を張って言っていいのだ。
恥じる必要なんか、ない。
どんなに探したとしても、この世界には「正しい人生」を証明するものはなく、そしてまた、「間違った人生」を証明するものもないのだ。
そうだ。
どんな人生も、ありなのだ。
失敗したって、逃げたって、辛い思いをしたって、死ぬほど勝ちたい相手に負けたって、誰かの真似をしたって、夢を諦めたって、夢を追いかけたって、絵描きさんだって、漫画家だって、小説家だって、書店の店長だって、キラキラOLだって、先生だって、専業主婦だって、他人の真似だって、離婚したって。
どんな人生も、間違ってなんかない。
どんな色も、おかしくなんかない。
だって、残念ながら……いや、幸運にも、この世に「正しい人生マニュアル」なんてものは、存在しないんだから。
1992年、東京都生まれ。早稲田大学国際教養学部卒。
2014年からWEB天狼院書店で書き始めたブログ「川代ノート」が人気を得る。
「福岡天狼院」店長時代にレシピを考案したカフェメニュー「元彼が好きだったバターチキンカレー」がヒットし、天狼院書店の看板メニューに。
メニュー告知用に書いた記事がバズを起こし、2021年2月、テレビ朝日系『激レアさんを連れてきた。』に取り上げられた。
現在はフリーランスライターとしても活動中。
『私の居場所が見つからない。』(ダイヤモンド社)がデビュー作。