『父が娘に語る 美しく、深く、壮大で、とんでもなくわかりやすい経済の話。』の著者ヤニス・バルファキス元ギリシャ財務相による連載。今回のテーマは、欧州通貨統合の構造的欠陥です。紙幣・硬貨流通開始から20年、コンバージェンス(収れんや格差縮小)の期待もむなしく、ダイバージェンス(かい離や格差拡大)が悪化している背景には、根本的な設計ミスがあると批判します。
20年前の1月、ユーロ紙幣・硬貨の登場によって、「欧州共通通貨」は手を触れられる現実になった。これを記念して、ユーロ圏諸国の財務相らは共同声明を発表し、ユーロを「欧州統合の最も具体的な成果の1つ」とたたえた。だが現実には、欧州統合という点でユーロは何の役にも立っていない。それどころか、その正反対である。
ユーロの主な目的は、為替コストを撤廃し、さらに重要なことに、不安定の原因となる通貨切り下げのリスクを排除することで、統合を促進することだった。
欧州の人々への約束は、こんな感じだった。
ユーロは各国間の貿易を促進する、生活水準の格差は縮小する、景気循環も穏やかになる、価格の安定性も高まる、そしてユーロ圏内での投資促進により、全体として生産性の向上が加速し、加盟国間での成長率も似通ったものになっていく・・・。要するに、ユーロは欧州の緩やかな「ドイツ化」の基盤になる、ということである。
だが20年後、こうした約束はどれも果たされていない。ユーロ圏の形成以来、ユーロ圏内の貿易の成長率は10%にとどまり、グローバル貿易の成長率30%に比べてかなり低い。ユーロを採用していない欧州連合(EU)加盟3カ国(ポーランド、ハンガリー、チェコ)とドイツとの貿易が63%も成長しているのに比べれば、その差はさらに顕著だ。
生産性への投資という点でも事情は同じである。ドイツとフランスからは膨大な融資がギリシャ、アイルランド、ポルトガル、スペインといったユーロ圏諸国に押し寄せたが、結果は、10年前のユーロ危機の震源地となった連鎖的な破綻だった。一方で、対外直接投資の大半は、ドイツなどの国から、EU内でもユーロ不採用を選んだ国へと向かった。つまり、ユーロ圏内では投資と生産性の乖(かい)離が生じ、ユーロ圏外にとどまった諸国との間ではコンバージェンス(収れん、格差縮小)が実現した。
所得はどうか。1995年にさかのぼると、ドイツ国民の平均所得を100とする場合、チェコは17、ギリシャは42、ポルトガルは37だった。この3国のうち、2001年以降、国内のATMでユーロを引き落とすことができなかったのはチェコだけである。ところが、2020年におけるチェコ国民の所得は、ドイツを100とした場合、24ポイントも接近した。これに対して、ギリシャ、ポルトガルにおける平均所得は、それぞれ3ポイント、9ポイントしか差を詰められなかった。
ここで鍵となるのは、なぜユーロがコンバージェンスをもたらさなかったのかという問いではない。むしろ、なぜそうなると考える人がいたのか、である。