資本はどこにでもあるのに資本主義が衰退する理由法外な力を手に入れたクラウド資本家が資本主義を衰退させる?Photo:REUTERS/AFLO

『父が娘に語る 美しく、深く、壮大で、とんでもなくわかりやすい経済の話。』の著者ヤニス・バルファキス元ギリシャ財務相による連載。今回のテーマは、クラウドベースの新たな支配階級(クラウド資本家)の台頭で資本主義が衰退しつつある理由です。ヒントは、アマゾンの「Alexa(アレクサ)」やアップルの「Siri(シリ)」にあると言います。

 はるか昔、「資本財」とは単に生産手段となる製品だった。ロビンソン・クルーソーが回収した釣りの道具、農民にとっての鋤(すき)、鍛冶屋にとっての火炉は、より多くの獲物や食糧、輝く鉄器を生み出すことに貢献する道具だった。そこへ資本主義が登場し、既存の資本所有者に2つの力を授けた。

 すなわち、賃金と引き換えに資本を持たない者を働かせる力、そして政策立案組織の中で政策課題を決定する力だ。だが今日、新たな形式の資本が登場しつつある。それは新たな支配階級を、そして恐らくは新たな生産様式さえも育みつつある。

 この変化の始まりは、無料の商業テレビ放送だった。番組そのものを商品化できなかったので、まず視聴者の関心を集めるために番組を利用し、その上で番組を広告主に売ることになった。番組のスポンサーは、人々の関心を利用して大胆不敵なことを試みた。(いったんは商品化から逃れた)感情を操ることによって、商品化をさらに進めたのである。

 広告主がやった仕事の本質を捉えているのが、連続テレビドラマ「マッドメン」に登場する架空の主人公ドン・ドレイパーが語るせりふである。ドラマの舞台は1960年代の広告業界。会社が宣伝するハーシー・チョコレートバーについてどう考えるべきか、後輩のペギーに指導する場面で、ドレイパーは時代精神をえぐり出す。

 「ハーシーのバーを買うのは、数オンスのチョコレートが欲しいからではない。昔、芝刈りの手伝いのご褒美としてパパが買ってくれたときの『愛されている』という感覚を再び味わいたいからだ」

 ドレイパーが示唆した「懐かしさの大量消費」は、資本主義にとって転換点となった。ドレイパーは、資本主義のDNAにおける根本的な変異を明確に指摘していた。もはや人々が欲しがるものを効率的に製造するだけでは十分ではなかった。人々の欲望それ自体が、熟練した作り手を必要とする製品だったのである。

 誕生間もないインターネットが、その商品化を狙うコングロマリットによって支配されるや否や、広告の原理は、個人を特定したターゲティングを可能にするアルゴリズムを備えたシステムへと変貌した。テレビでは実現できない仕組みである。

 最初のうち、グーグルやアマゾン、ネットフリックスなどが使っていたアルゴリズムは、検索パターンや嗜好が似ているユーザーの集合を特定し、彼らをグループ化して検索入力の補完を行ったり、おすすめの書籍や映画を提案したりというものだった。状況が一変したのは、アルゴリズムが受動的でなくなったときだ。