『父が娘に語る 美しく、深く、壮大で、とんでもなくわかりやすい経済の話。』の著者ヤニス・バルファキス元ギリシャ財務相による連載。今回のテーマは、中央銀行の存在意義です。新型コロナ禍でのマネーの膨張とインフレ懸念の高まりを受けて、金融政策の方向性はどう変わるべきなのでしょうか。筆者は、利上げに転じる一方で、量的緩和を気候変動対策と格差是正に資する形に再設計したうえで継続する「サステイナブルな金融引き締め」を提唱します。
先進諸国でコロナ禍が沈静化しつつある中で、各国の中央銀行はますます寓話(ぐうわ)に登場するロバに似てきている。空腹と乾きに同じ程度に悩まされているせいで、干し草を食べるか水を飲むか迷った揚げ句に、飢餓と乾きの両方のために死んでしまうロバである。
インフレ懸念とデフレへの恐怖に引き裂かれた政策担当者たちは様子見を決め込んでいるが、これは大きな犠牲をもたらしてしまう可能性がある。「コロナ後」において中央銀行が社会的に有用な役割を担うためには、政策手段と目的に関する進歩的な再検討しか道は残されていない。
かつて中央銀行が政策手段として握っていたレバーは1本だけだった。金利の調整である。低迷する経済を再活性化させるには金利を下げ、インフレ抑制のためには(リセッションの開始という代償と引き替えの場合が多いが)金利を上げる。このタイミングを図り、どの程度動かすかを判断するのは決して簡単ではなかったが、少なくともやるべきことは金利の上げ下げという1点に絞られていた。だが今日では、中央銀行の仕事の複雑さは倍増した。2009年以降、操作すべきレバーが2本になったからだ。
2008年の世界金融危機を経て、第2のレバーが必要になってきた。元からある第1のレバーがうまく機能しなくなったからだ。第1のレバーを最大限に下げて金利をゼロ、そして多くの場合は強引にマイナスの領域まで下げても、経済の停滞は続いた。
米連邦準備理事会(FRB)とイングランド銀行を筆頭に、主要国の中央銀行は日本銀行の先例に倣い、「量的緩和(QE)」という名で知られる第2のレバーを作り出した。第2のレバーを押し上げてマネーを創造し、市中銀行から債券類の資産を購入すれば、市中銀行がこの新しいマネーをリアル経済に直接投入するだろうと期待したのである。もしインフレが発生したら、このレバーを押し下げて、資産購入を徐々に減らす(テーパリング)だけの話だ。
理屈では、その通りだ。インフレの気配が漂う今、中央銀行は神経を尖らせている。では、引き締めに転じるべきなのだろうか。