総裁選でデマ浮上
権力闘争で恣意的に利用される「経済安保」

 日本端子という会社は、河野太郎衆議院議員の家族が経営している自動車部品会社で、中国にいくつか中国企業との合弁会社がある。河野氏が総裁選に出馬した際、SNS上でこの日本端子について「流言」が飛んだ。曰く、中国の太陽光発電に部品を提供しており、河野家は中国で太陽光利権を一手に握っている。中国の合弁会社は資本の比率などを見ても中国政府から異例の厚遇を受けており、これこそが、河野ファミリーと中国共産党の蜜月の動かぬ証拠である、などさまざまな情報が飛び交った。

 結論から言うと、この話は全くのデマだ。日本端子は1960年に設立してから、製品の8割は自動車用のコネクタや圧着端子で、顧客も日本の自動車メーカーが多い。「中国の手先」などの誹謗中傷が多く寄せられたことを受けて、自社HPで「お知らせ」として反論しているが、これまで中国市場で太陽光発電の部品など販売したこともない。また、「異例の厚遇」とやらの資本比率も、中国企業との合弁会社なら石を投げれば当たるほどよくあるものだ。

 しかし、こんなデタラメ話が、総裁選の最中にも信憑性をもって語られ、マスコミの中には実際に河野氏に質問をした記者もいた。特定の政治家や、彼らと近しい著名ジャーナリスト、政治評論家がSNSなどで大騒ぎをしていたからだ。当時、これらの人々は「疑惑を徹底追及します」とか「日本の安全保障上大きな問題だ」などと叫んでいたが、今では「そんなことあったっけ?」と何事もなかったような顔をしている。

 このように「中国の脅威」や「経済安全保障」というのは、為政者たちの権力闘争で恣意的に利用されることが多い。それは、トランプ前大統領を見てもよくわかるだろう。

 自分の都合が悪い問題を追及されると、北朝鮮や中国を痛烈に批判する。今のバイデン大統領も立場が悪くなると、「ウクライナ問題」を持ち出した。それと同じで、日本でも政治や官僚が、自分たちの都合の悪い話が出た時、ここぞとばかりに「経済安全保障」を引っ張り出して、国民の目をそらす恐れがあるのだ。

「そんなのは貴様の妄想だ」という声が聞こえてきそうだが、「経済安保バブル」で天下り拡大にわく霞が関や、熾烈な足の引っ張り合いを見ていると、「妄想」とは言い切れないのではないか。

 ただでさえ、経済安全保障というのは、日本の経済成長や景気拡大とは直接的に関係がない政策だ。対象となるのは日本企業の0.3%しかない大企業だけで、しかもナショナリズム丸出しの過度な規制によって、企業活動が足を引っ張られる恐れもある。今のところこの政策で恩恵を受けているのは、一部のコンサルタントと、天下りが拡大できた霞が関だけだ。

 経済安全保障を推進するのは結構だが、「国破れて上級国民あり」なんてことだけにはならぬようお願いしたい。

(ノンフィクションライター 窪田順生)