新任管理職と経営人材候補者に向けての施策

 ここまでがメジローの変容のプロセスの、「新しい役割、関係性、行為のための選択肢の探究」「行動計画の作成」「自分の計画を実行するための知識や技術の獲得」「新しい役割を暫定的に試す」「新たな役割や関係性における能力や自信を構築する」「新たなパースペクティブの決定する条件の下で、自分の生活へと再統合される」にあたるであろう。

 最後に、企業の人事担当者が、実践の現場でメジローの「変容的学習論」をどのように活用すればよいかを考えてみたい。

 第1に、上述のN氏のように、はじめてマネジャーとしてチームを率いる立場になった時に変容的学習は役に立つ。立教大学の中原淳先生は、マネジャーになると、仕事のエキスパートとしての自分のあり方の一部を「棄却」(捨て去ること)し、「自分以外の人」に「仕事をさせること」が求められると述べている。すなわち、スター選手が管理の初心者に生まれ変わる必要があるのだ。この時に必要となるのが、変容的学習である。そうした変容的学習を促すため、人事担当者はマネジャーをどのように支援し、応援すればよいのだろうか。

 まず、マネジャーになった一定期間後に、マネジャーとしての現状をリフレクションさせるための研修を実施すべきであろう。この研修の中で、新任マネジャーは「自らのマネジメントのどこが良くて、どこが課題なのか」を、他のマネジャーとの対話を通じて振り返ることが、優秀なマネジャーへの生まれ変わりのきっかけとなる可能性がある。また、越境学習ができる環境を提供することも有用である。越境学習とは、中原淳先生によると、個人が所属する組織の境界を往還しつつ、自分の仕事・業務に関連する内容について学習し、内省することである。マネジャーになると多忙になり、狭い範囲の中で思考が固着してしまいがちになる。このような時に、会社を離れて、まったく違った価値観を持つ多様な人々と触れ合う機会を持つことは、自分を俯瞰することにつながり、変容的学習に必要なクリティカル・リフレクションを生じさせる可能性がある。

 第2に、企業の人事担当者が変容的学習論を活用する場面として、ミドルマネジャーから経営層(経営人材)へのトランジッション(転換)を支援することがあげられる。ミドルマネジャーとしての役割を高いレベルで実行できることが、経営人材としての成功を保証するものではない。北海道大学大学院経済学研究院の松尾睦先生は、「ミドルマネジャーから経営人材への役割移行には、これまで培ってきた知識・スキルを捨てることが重要な役割を果たしている」と述べている。つまり、ミドルマネジャーとして持っていた準拠枠を捨て去る必要があるのだ。

 経営人材候補者の変容的学習を支援するために、人事担当者はどのような取り組みをする必要があるのだろう。立教大学経営学部の田中聡先生が著書「経営人材育成論」(東京大学出版会刊)の中で展開されている議論を、変容的学習の観点から解釈すると、経営人材候補者には新規事業を創出する経験を付与し、修羅場経験を与えることが必要になる。修羅場経験によって、メジローの示した「混乱を引き起こすジレンマ」を生じさせることができるということであろう。田中先生によると、このときに新規事業を経験させるだけではなく、経営層からの助言や権限委譲が必要で、経営人材候補者の直属上司による、当人(経営人材候補者)へのクリティカル・リフレクション支援も求められるという。その支援で新たな視点・考え方が与えられ、変容的学習を生み出すきっかけとなり得るのだ。人事担当者は、経営層から経営人材候補者に対する適切なサポートを促す仕組みを検討し、経営人材候補者の直属上司がリフレクション支援の方法を学ぶ機会(*2)を提供する必要もある。

*2 人事担当者が経営人材候補者の直属上司に対して「クリティカル・リフレクション支援」方法を研修で教えることは簡単ではない。しかし、「リフレクション支援」ならコーチング的手法などを研修で教えることが可能であろう。(永田)