“経験学習”の実践にも必要となる“変容的学習”

 第3に、企業の人事担当者が変容的学習論を活用する場面として、キャリア採用(中途採用)をする際に変容的学習の考え方を活用できるだろう。厚生労働省によると、2018年のキャリア入職者は約496万人であり、新規学卒者約122万人の4倍にのぼる。しかし、多くの企業で中途採用者をうまく会社に適応させ、期待通りのパフォーマンスを発揮させることができていない。甲南大学の尾形真実哉先生は、キャリア採用者には「脱色教育」と「染色教育」が必要であると述べている。脱色教育とは、前職での仕事経験から染みついた色を落とす作業のことである。染色教育とは自社の色に染めていくことである。新規学卒者は、組織参入→染色教育という2段階のプロセスを要するのに対し、キャリア採用者は組織参入→脱色教育→染色教育という3段階のプロセスを要することが組織再適応を難しくしている。その上で、人事担当者および職場の上司は、キャリア採用者=即戦力であるという捉え方を捨て、キャリア採用者に対しても新人教育と同様のサポートをする必要がある。具体的には、キャリア採用者自身向けの研修とキャリア採用者の上司向けの研修が必要であることが示されている。この、尾形先生が報告されている染色教育が、変容的学習と解釈することが可能であろう。すなわち、新しい職場環境に適用できずに「混乱を引き起こすジレンマ」を抱えているキャリア採用者を研修に集め、自分の仕事の状況について討議させることが染色のきっかけになる可能性がある。また、鏡の役割を果たす上司が客観的なフィードバックを与え、人事担当者は、その的確なフィードバックのためのトレーニングを上司に提供する必要があるだろう。

 ここまで、変容的学習と、この理論の現場での活用について考えてきた。

 経験学習という言葉が、組織の人事部の中で人口に膾炙して久しい。経験学習とは、自らの仕事経験を振り返り、仕事の成功要因・失敗要因を内省・解釈し、その中から自分なりに活用できる教訓を引き出し、次の仕事に生かすことである。もちろん、経験から学習することは奨励すべきであるが、経験の解釈の仕方は人それぞれである。個人が持つ「準拠枠」によっては悪い経験学習が駆動され、組織にとってマイナスとなる教訓を生み出してしまう社員が発生することもあり得る。このようなことを避けるためにも、変容的学習に注目することが今後の人事施策を考えるうえでも有用であろう。