退職意思を持つ従業員に、企業ができることは?

 退職を希望する当人にとって、依頼した代行者(非弁退職代行業者)と企業側のコミュニケーションの不通は最も避けたいことだろう。退職希望者の代理人となる弁護士の竹内さんは、どのような退職通知を会社側に行っているのか? 

竹内 私の場合は、クライアントの希望退職日時や有給休暇消化に関する事情を最低限として、その他に会社に伝えたい事情やクライアントと会社間の特別な事情について書面化します。そうして、書面を送った結果、先方様から、「まずは、本人直筆の退職届を出してください」と回答されることは最近ではほとんどないですが、退職手続きを、あまりにも簡単に、事務的に行う会社に対して不安を感じることもあります。経営者や人事担当の方が退職代行に慣れ過ぎてしまっているのかもしれません。先ほどもお話ししましたように、以前は「どうしたらいいのですか?」といった電話もあって、「いつもどおりに従業員の退職手続きをしてくださればいいですよ。必要があれば本人確認をしてください」と案内したものですが……。

 退職代行に向き合う企業の姿勢は、良く言えば、スマートで冷静なようだが、悪く言えば、従業員への思い入れが乏しく、雇用の諦めが早いものにも思えてしまう。代理人(弁護士)や代行者(非弁退職代行業者)が間にいるのでしかたないだろうが、組織にとって失いたくない従業員であれば、退職を止めたい気持ちがあるはずだ

竹内 退職通知を出す弁護士や非弁業者である代行者がいようといまいと、やはり、会社は何らかの手段で本人の意思をしっかり理解し、確認したいという希望を持っているのだと思います。退職の通知を出すと、企業から弁護士に対して、「どうにか、本人と話をしたい」と希望される会社も少なくありません。「もう止められないのか?」と聞かれることもあります。代理人の場合は特にですが、代行業者がついた場合であっても、会社側から本人に退職理由や適切な範囲での留意をしてはいけない、ということではありません。会社から言われたことを、私は本人に伝えますが、それで翻意した方は今まで一人もいません。そんなに大切なら、こうなる前にそのような扱いをすればよかったのに、と思うことがほとんどです。

 会社から「具体的な退職理由を知りたい」と申し入れがあれば、本人と話し合って、本人が納得する範囲で事情をお伝えすることもあります。もちろん、本人が退職理由を明かす義務はないですから、そのあたりは十二分にご理解いただいたうえで、本人の気持ちを会社側から確認することはなさってもいいと思います。

 また、「退職しない方法はないか?」と、私が会社から提案される場合もゼロではありませんが、私の場合は、最初に相談者の話をじっくり聞き、退職通知を一度出してしまったら取り消しができないと考えるように伝えます。そして、相談者が辞めるかどうかを悩み、気持ちが揺れているようであれば、「まだ通知しないでおきますか? 数日たってからでも遅くはありません」とお節介なようですが助言します。「この時期に急いで退職して、退職金はもらえますか? ボーナスの時期はどうなっていますか?」といったことも聞きます。辞めてしまってから「こんなはずじゃなかったのに……」と悔やまれることがないように。

 人手不足の企業にとって、良い人材の流出は大きな損失だ。企業側と従業員の意思疎通がないままの辞職を減らすには、いったいどうすればいいのだろう。竹内さんが監修した退職代行についての記事*5 には、「(従業員が)退職代行の利用に至らないために企業が日ごろからしておくべきこと」として、「意見を伝えやすい企業文化を作る」と書かれている。

*5 パーソルキャリア株式会社「d‘s JOURNAL」 【弁護士監修】もし退職代行から突然連絡が来たら?適切な対応方法と、企業が対応すべき7つのこと

竹内 「意見を伝えやすい企業文化」を作ることはなかなか難しいですよね。上司との意思疎通がうまくいかなくても、同僚と話せるコミュニティ的なものがあれば良いですが、同僚からのいじめが原因で会社を辞める方もいます。コロナ禍で飲み会やランチタイムでの接点も薄れ、自分のちょっとした気持ちの変化や意見を伝える機会が減りがちです。社内イントラの利用は実名だと本音を言わず、匿名だとネガティブな方向になりますし……。企業側は退職させたくないものの、従業員が会社を辞めることは権利なので、自分の意見を押し通したり、ぶつけたりするよりも辞めることを迷いなく選ぶ人もいるでしょう。

 話は少し逸れますが、ブラック企業はさておき、優良企業においてさえも、辞めることを自分で言い出せないのは、新卒一括採用や終身雇用が日本企業のスタンダードな雇用形態だからかもしれません。会社を辞めることが人生の当たり前の選択肢になれば、「退職代行」の必要性はずっと小さくなると考えています。今は、社会の風潮として「辞める」ことにネガティブなイメージがあるので、代理人や代行業者に頼る方が多いのでしょう。