デザインによって生みだされる体験価値とは

――グラフィック、パッケージ、ストアのデザインなど、トータルにデザインを考えていくことは資生堂のクリエイティブの特徴であり、それを担う上で、インハウスという形は合理的だったと思います。分社化によって、体制や業務フローはどのように変わるのでしょうか。

歴史ある資生堂のクリエイティブ部門が独立、新会社設立の狙いとはやまもと・なおみ
株式会社資生堂 エグゼクティブオフィサー チーフクリエイティブオフィサー
資生堂クリエイティブ株式会社 代表取締役社長

武蔵野美術大学卒業後、資生堂宣伝部にグラフィックデザイナーとして入社。国内外の広告制作および空間演出のデザイナー、アートディレクターを経て、渡米。2004年帰国後、マキアージュや中国ブランド等のクリエイティブディレクターを歴任。資生堂において30年以上、東京、ニューヨーク、中国とグローバルにクリエテイティブのプロジェクトに携わる。 2015年に宣伝デザイン部長。2018年からチーフクリエイティブオィサーに就任。2022年1月から現職。資生堂グループブランドのクリエイティブ展開、企業内コミュニケーションのコーポレートコミュニケーションをグローバルで統括する。ブランディング、コミュニケーション、ソーシャルなど多方面から、美の新しい価値創りや新しい時代の女性たちをテーマに精力的に活動を行っている。
受賞歴に「パワーリスト2020、2018」、「In-House Agency of the Year 2019」、「ディスプレイデザイン賞グランプリ」、「電通賞」、「NYADC賞」、「D&AD」などがある。
東北大学特任教授(客員)。

 これまでも全てを内製していたわけではなく、常に外部のタレントとの最適な連携を図ってきました。そういう意味では分社化しても、業務面での変化はあまりありません。ただし、向き合う市場は大きく変化しています。かつては日本市場における日本人が対象でしたが、欧米や中国、アジア圏まで市場が広がり、今後はさらに中東やアフリカ、南米まで広がっていきます。冒頭にお話ししたお客さまとの関係づくりという点では大きな変化が求められています。

 また、そのお客さまとの関係という点では、デジタル技術がコミュニケーションツールとして進展したことが、私たちの仕事を大きく変えています。かつてはパッケージデザインや広告制作などは、クラフトの考え方に寄ったものでした。しかし、社会全体で物や情報が飽和状態にあり、新製品を優れたデザインによって市場に出せば売れるという時代ではなくなりました。これまで以上にデジタル技術を駆使しながら、お客さまにどのような体験価値を提供できるかが問われています。そうした美の体験価値の提供を通して、お客さまとブランドとの関係をつくっていく。それが新しいミッションとなります。

――メタバースという概念が一般化しつつあり、人との関わりを生む場所や空間が変わってきています。体験価値の提供方法はどのように変わってきますか。

 象徴的な例として売り場のデザインがあります。かつては店舗という限られたスペースで有効な動線を設計し、美しい什器や最適な棚割りをデザインすることによって、お客さまに製品を手に取っていただき、購入に導くこと。これがデザイナーのやるべきことでした。

 しかし、仮想空間という場では、お客さまは自由自在にあらゆる製品を好きなだけ触れることができます。その能動性の中で、いかに手に取ってもらうための空間をつくるか、興味を持って手に取ってもらった後、さらに見たいと思うビジュアルを、リアルでは見えないような情報も含めてどのように見せていくかが、体験価値に大きく影響してきます。これはデザイナーの仕事、フォトグラファーの仕事、あるいはエンジニアの仕事と簡単に分担できるものではなく、クリエイティブに関わる全ての人に多岐にわたるケイパビリティーが求められることを意味しています。