「ひとつの方法」に
固執するのは逃げである

為末 大氏
世界大会において、トラック種目(400メートルハードル)で日本人初となる2つのメダルを獲得した元プロ陸上選手。
(撮影:公文健太郎)

為末 短距離の世界では、自分の限界が早い段階で見えた。時間と才能の有限感を意識するようになったのはそこからです。
  100メートルの短距離走では、高レベルの争いになると、「足が速い」くらいしか勝負のしようがない。でも僕の場合は、自分の走りに、小さい頃にやっていた体操の経験が合わさることで、ハードルという競技への新しい挑戦ができたんです。

  合わせ技って言うんですかね。この合わせ技を持っているハードル選手ってあまりいなかった。そういう風に自分と向き合いながら自分の戦場を見つけていくことは大切だと思うんです。どの戦場を選ぶのかっていうことを戦略的に考えるのは、大事なことですね。

伊賀 企業経営でもまさに同じことが言えると思います。例えば「技術」を第一に掲げている会社は、それ以外を軽視し、技術だけで勝とうとする傾向があります。「モノ作り」も同じですよね。何十年も変わらず、そこだけを強調し続ける。
  もちろんそれで勝てるならそれでもいいでしょう。でもそうでないなら、他のどこかに勝てるところはないか、積極的に探そうという柔軟な考えがないと、生き残るのは難しいと思います。

  経営者のミッションは、社会に価値を提供して企業価値を向上させることであって、それを技術で成し遂げなければ意味がないわけではありません。一つの強みにこだわりすぎる必要もないし、一度決めた方法でも、やってみてダメなら変更すればよいはずなんです。

為末 目標のためのひとつの方法が、美学という名の一種の逃げの意識に繋がってるということもありますよね。根性論の世界で育った選手は「正々堂々、受けて立つ!」という感じが物凄く強いんです。スピードにはスピードで、パワーならパワーでというような。スピードにはテクニックでというのを逃げと捉えてしまうんです。

  この世界って選手とコーチで組んでる選手が多いんです。そのときも、自分には何が合っているんだろうって、時にはコーチを変えることも必要だと思うんですけど、やはり王道でないその行為に後ろめたさを感じてしまって、最初のコーチに固まってしまって上手く伸びない選手が結構いるんですよね。