内製化を進めていくために必要な企業の姿勢

 鈴木さんは、研修の内製化に立ちはだかる壁として、(1)研修担当者の負担が大きいこと、(2)研修講師の力に差があること、(3)異動による、研修講師の確保・育成が難しいこと の3点を挙げ 、それらの壁を乗り越えるためには、研修コンテンツや実施のノウハウを、「組織知化」することが重要と説く。「組織知化」とは、社内で共有されるべき知見(=暗黙知)を言語化してかたちにすること。組織知があれば、たとえ、社内の研修担当者や研修講師が変わっても、自社独自のノウハウを引き継いでいくことができるという。現在(2022年・春)、鈴木さんから見た、企業の「研修内製化」はどのような状態か?

* 産労総合研究所「企業と人材」(2012年2月号)より

鈴木 各企業とも研修担当者のリソース不足は、引き続いての大きな問題です。長期的・組織的に内製化を進めていくためには、3つの要素が必要となります。

 ひとつ目は、「内製化の必然性」が社内で認識されていることです。これには、経営トップの関与が必要になります。トップが、「社内教育を充実させよう、互いに教え、教わり合う風土をつくっていこう」という意識を持っているかどうかで現場および教育関係者のコミットメントも変わってきます。内製化においては、本業で忙しい社員が講師を担うケースが多いので、研修を受け持つことも人事評価の対象になるといったような、「研修の地位向上」が必要です。

 2つ目が、「役割の確保・体制づくり」。一般的には、新任の方が教育研修の担当者に着任すると、1年目は従来の研修を運営するのに精いっぱいで、2年目に少しずつ改善点がわかってきて、3年目にいよいよ改革に着手!というタイミングで異動になってしまうことがよくあります。内製化のための「組織知」が実現できないまま終わってしまうのです。長期的・組織的に内製化を進めていくためにも、教育研修に特化した体制づくりはとても大切です。

 3つ目は、「研修設計・実施に関するノウハウの習得」です。内製化においては、開発や営業現場の社員が研修講師を担うことも多いですが、現場社員の方たちは業務上の経験・知識は豊富でも、「教えること」に関しては我流である場合がほとんどです。研修コンテンツの組み立て方や研修の進め方については、きちんとした「型」があるので、それを専門家から学んだ方が効率的、かつ個人によるバラツキを解消できます。研修を「映画制作」に喩えるならば、「脚本」にあたる研修コンテンツは特に重要です。よって、脚本づくりに直結する研修設計の考え方には、「内製」を中心に進めるにしても、しっかりと外部の知見を取り入れた方が賢明です。

 実際に鈴木さんが関わっている企業の研修から、内製化に成功している事例を伺った。鈴木さんが語った内製化を進めていくための3要素=「内製化の必然性」「役割の確保・体制づくり」「研修設計・実施に関するノウハウの習得」と併せてみると、その具体的な方法が見えてくる。

鈴木 1社目は、大手メーカーです。「専門職の方が独自のノウハウを研修コンテンツ化し、その受講者を社内で公募する」という施策が生まれました。専門職の方たちは、専門性が高いゆえに単独で仕事を行いがちで、個々のノウハウや知識が社内になかなか伝わりにくい。「もっと社内にその技術・ノウハウを伝承してほしい」というトップの方針もあって、この施策が立ち上がりました。研修講師となったのは、「プロフェッショナル職」と呼ばれる現場の専門職の方たちです。講師役を担う30人のプロフェッショナル職の方たちに私から研修の組み立て方をお伝えしました。それぞれの方が専門性を生かしたオリジナルの研修プログラムを作って社内募集をかけたところ、たくさんの社員の方から応募があり、受講者から大変に好評を得ることができました。

 一般的に、研修講師を担うことに対しては、多くの社員がマイナスの反応をしがちです。その会社のプロフェッショナル職の人たちも、最初はやりたがりませんでした。「本業が忙しい」という理由もあるのでしょうが、私には「忙しさ」よりも、研修講師として研修を作り、実施する方法がわからない「不安」の方が大きいように見えました。本来、自分の経験や知識を人に伝え、相手の役に立てることは、人としての「喜び」です。他者に分かりやすく伝えるための適切な手段をお伝えして、「研修講師を担うことは楽しい!」と思ってもらうことが重要だと考えています。