監督がマウンドに行くタイミングだ。

 ゲームで初めて訪れたピンチ。ピッチャーは自らのミスもあって動揺している。間を取り、相手の追撃ムードをけん制する意味も大きい。マウンドで肩を落とすピッチャーを鼓舞するのなら、このときをおいて他にはない。

 そのことを、小宮山もよく分かっていた。ピッチャーにかけるべき最良の言葉も、頭にはあった。

 だが、動かなかった。

「実は腰を上げそうになった。それでもベンチの縁に手をかけてぐっと我慢した。あそこで監督が手を差し伸べてはいけない。ベンチに甘えず、自分でなんとかしなきゃ。確かに試合の勝負どころ。でもたとえ高い授業料になったとしても、じっと我慢して11番候補を育てなければ」

 早稲田投手陣の背番号11は歴代のエースナンバー。今のチームに「11」を背負う投手はいない。この春、加藤は防御率で1位を走る。来年は4年生。「11」の有力候補である。

 その後、立教打線の勢いを止められず、さらに3点を奪われた。しかし、あの場面での我慢に後悔はないのだった。