行動変容の“見える化”のためのレッスン・ルーブリック

永田 先ほど、「研修の価値は、研修後に受講者の行動が変わることにある」とおっしゃいましたが、実際に行動変容に至ったかどうかの“見える化”が、「レッスン・ルーブリック」という評価方法だと聞きました。

中村 立教大学の中原淳先生が「研修転移」という理論において示していらっしゃる「研修が行動変容に結びつくかどうかは“研修前・研修中・研修後”にカギがある」という考え方を軸に、2021年度の受講者アンケートを参考にして、研修の前と中と後に仕掛けをしていくことにしたのです。さらに、研修到達目標、つまり、研修終了時の受講者の状態を指標化することにしました。いわゆる、「腹落ち度」のようなものです。しっかりと腹落ちしていれば、その後の行動変容につながりますから。そうした考え方に基づいた評価方法が「レッスン・ルーブリック」です。

永田 具体的には、どのように評価していくのですか?

中村 たとえば、傾聴力があるかどうかを評価するとしましょう。「目線も合わさず、リアクションもせず、他のことをしている」という行動なら評価は「1」、「目線を合わせながら相槌などのリアクションをする」という行動なら評価は「4」となります。基準となる行動が明確化されており、それをもとに評価していくのがルーブリック評価です。研修で変容させたい行動の項目と、各レベルの目安となる具体的な行動内容を設定し、1〜4の数字で評価していきます。

永田 研修によって変容させたい行動の項目を設定するにあたっては、「どのような社員に育ってほしいのか?」ということを熟考する必要がありますね。

中村 はい、そこが難しいところです。たとえば、メンター社員を目指す研修だと、研修到達目標が「メンター社員としての役割が分かり、新入社員の良き相談相手になるとともに、精神面での支援ができるようになることがこの研修の目標です」となっているので、「メンター社員としての役割が分かる」「新入社員の良き相談相手になる」「精神面での支援ができる」という3つの行動の項目が設定できるわけです。さらに、経産省が発表した「人生100年時代の社会人基礎力*7 」で指摘されている「基礎力」も行動の項目に加えることにしました。

*7 経済産業省 産業人材政策室資料「人生100年時代の社会人基礎力について」(平成30年2月)参照。 *リンク先は同資料のPDF

永田 「人生100年時代の社会人基礎力」は社会人の誰にでもあてはまるものですが、御社が独自に求める「研修で変容させたい行動の項目」はあるのでしょうか?

中村 各人が「自律創造型人財」を目指すためには、「JTBで働いている社員が共通して持っておくべきJTBならではの能力」の定義付けをきちんとすべきと考え、20項目の「JTBグループ共通能力」を私たちで決めました。結果、「研修で変容させたい行動の項目」は誰にでもあてはまる社会人基礎力に、「自律創造型人財」が備えるべき能力を加えたかたちになり、その評価は、本人と上長が行っています。まず、研修前のレッスン・ルーブリックのレベルを自己申告で書いてもらい、研修の1カ月後と3カ月後に自分がどのようなことを考え、どのような行動をしているのかを記入し、そこに上長もコメントしていきます。

永田 実証実験を行ったとのことですが、どのようなことが分かりましたか?

中村 実証実験を行って明確になったのは、研修後のアンケートで「自分が職場に戻ってからの行動が十分にイメージできる」という人、つまり、自己効力感が高まった人は、3カ月後のレッスン・ルーブリックの自己評価が高く出るということです。……ということは、行動のイメージが十分にできている人たちの構成比を高めることができれば、レッスン・ルーブリックの目標を達成する人の割合も上げることができるわけです。また、本人の評価よりも上長の評価の方が高い傾向にあることも分かりました。本人が思っている以上に第三者は行動変容を認めているということです。

永田 2020年の11月には、2021年度の研修を「履修主義」から「修得主義」へ転換するという大きな軌道修正もされています。それには、どのような意図があったのですか?

中村 「履修主義」は、すべての社員が、一律に、平等に学ぶこと、そして、「修得主義」は一人ひとりに応じた学びを実現することです。従来の研修体系は履修主義で、1年目に新入社員研修を受けたら、次に……と、定例的に履修する研修が決まっていましたが、それでは社員が受け身になってしまいます。そうではなく、一人ひとりが自分のありたい姿に向けて自発的に進んでいくためには、「修得主義」に変えるべきだと考えました。たとえば、従来の方法では、課長になって初めて課長研修を受け、「課長とはこのような仕事をするものだ」と学ぶ流れだったのですが、課長を目指したいなら、課長になるための専門的な勉強を続けてもらい、その結果、ふさわしい能力を備えた人を課長に登用しようというふうに変えたのです。こうした変更は、全国の課長約3000人にアンケートをとったところ、多くの共感を集めました。