研修を行動変容につなげるための重要なポイントは?

永田 研修後に実施するアンケートの内容も改良したそうですね。そこから見えてきたことはありますか?

中村 改良前のアンケートでは、「研修は有意義でしたか?」「研修の難易度はどうでしたか?」「研修を受けて、意識は変わりましたか?」「職場に戻ってからの行動がイメージできていますか?」などを聞いていました。しかし、研修の価値をもっと掘り下げて把握したかったので、改良後のアンケートでは、研修前と研修後の期待値の推移を調べることにしました。研修前は「研修への期待はどの程度か?」、研修後は「研修の内容は期待以上だったか、期待外れだったか」といった質問です。これを調べていけば、受講者の満足度に近いものが見えてきます。他に、受講した研修を他の人に薦めるほど気に入ったかどうかを問う「推奨度」も。さらに、研修で何が心にいちばん残ったかを一言で書いてもらうようにもしました。また、「行動変容につながる兆し」を確認したいので、「仕事で今回の研修をどのように活用できるか」ということも聞いています。

永田 研修前の期待と、実際に研修を終えてどのように思ったかを知ることは大きな価値があると思います。

中村 その変化率、つまり、研修が受講者に与えたインパクトを可視化する指標を、私たちは「EMO(エモ)値」と名付けました。「EMO値」とは、「エモい」からヒントを得た私たちの造語です。EMO値が高いほど、研修は期待以上だったということになります。さらに、EMO値と行動変容がどう関わっているのかということにも注目しました。当初は、「EMO値が高ければ高いほど行動変容が起きるに違いない」と予想したのですが、実際はそうではありませんでした。EMO値が高い人よりも、「研修前の期待度に対して、実際に研修を受けてみたらそのとおりだった」という人ほど行動変容が起きているのです。これは意外でした。「受講前の期待値をどれだけつくれるかが重要」という結論が見えてきました。

永田 アンケートの改良前からあった「職場に戻ってからの行動がイメージできていますか?」という問いに対する答えも興味深いですね。

中村 その答えの選択肢は「十分できている」と「概ねできている」と「あまりできていない」と「できていない」の4つでした。結果を見ると、「十分」と「概ね」の2つを合わせると、ほぼ100%になるのです。研修の運営側が数字を見て、「良い結果が出た!」と喜んで終わってしまうと、「十分」と「概ね」の違いが分からないままです。そこで、「十分」と書いた人と「概ね」と書いた人の感想文をテキストマイニングにかけてみました。そうすると、両者に「具体的」という言葉が出てくるのですが、「十分」の人は「具体的な行動が洗い出せた」などと表現していて、「概ね」の人は「具体的な行動計画にはまだ落とし込めていないが、ぼんやりと光のような物が見えてきた」などという表現をしていることが分かりました。同じ「具体的」という言葉を使っていても、感想文には差異があったのです。

永田 「十分できている」を選ぶ人を増やすためにはどうしたらよいのでしょう? 中村さんたちが試みていることはありますか?

中村 まずは、どの行動の項目が「職場に戻ってからの行動がイメージできていますか?」に関連づいているのかを明らかにする必要があります。つまり、行動変容につながる要素は何かということです。そこで洗い出されたのが、難易度でした。研修の難易度が上がると、その後の行動がイメージしづらくなるのです。そこで、「難易度が比較的高いのに、行動イメージができている人も多い」研修は何がカギだろうと思って調べてみると、「研修に大いに期待していた」人の割合が高いことが分かりました。つまり、難易度が高くても、事前の期待値が高ければ、行動変容に結びつきやすいのです。やはり、研修を行動変容につなげるには、研修前の期待値をいかに上げるかが肝になるのです。

永田 なるほど。そうした結果もあって、御社は研修の社内広報にも力を入れているのですね。

中村 そのとおりです。研修についての案内動画をつくって社内で配信したり、上長が「あなたにはこういうことを期待しているよ」と伝えるなど、内発的動機付けを行っていくことを施策として取り入れています。その効果は少しずつ表れています。

永田 研修についてのあらゆることが、御社ではとてもロジカルに組み立てられていることに驚きました。

中村 多大なコストをかけて研修を行っても、“忘却の橋”で忘れられてしまう現実が衝撃的だったので、いろいろ考え続けています。研修というものは、携わる人の思いが非常に強いので、良し悪しの判断をつけにくいところもあります。だからこそ、統一した指標をつくり、数値化してロジカルにすることが重要だと思います。そうすることで、誰にとっても納得度が高まりますし、どういう方向に舵を切るべきかも見えてきますから。事業環境の変化に合わせて経営戦略を考えていくこと、人材についての基本理念を見直すこと、そして、評価を“見える化”し、研修受講者の行動変容を引き起こすこと――これらをひとつの流れとして行うことが、変化に対応できる組織づくりにつながっていくと確信しています。