誰も置き去りにしない、誰からも愛される施設として

 実は、「あーち」は、現在の場所で産声をあげたのではない。灘区民ホールから東に50メートルほどの旧灘区役所庁舎跡地(神戸市灘区神ノ木通)の2階がもともとの場所で、開館から11年後の2016年に、建物の老朽化のために、施設の立ち退きを余儀なくされた。当時、津田さんは、神戸市の支援もそれを機に打ち切りになり、「あーち」は移転することなく、閉鎖するだろうと思った。しかし、その推測は外れ、引っ越し先を神戸市が用意したことで、「あーち」は、2022年の現在も多くの参加者にとって不自由のない場所に存在している――こう書くと、行政と教育機関によって、施設は順風満帆のように思えるが、財政難の側面もある。設立当初、津田さんは民間企業に資金協力を仰いだり、大学理事への相談に奔走したりした。年間のべ3万人もの地域住民が集う「あーち」だが、常駐の施設スタッフは最小限に抑えられ、多数のプログラムは学生や施設参加者のボランティア活動によって支えられているのだ。そうしたなか、移転後の2016年には、学習支援や子ども食堂のプログラムを始めるなど、社会の動きを汲み取りながら、誰も置き去りにしない、誰からも愛される空間に成長していった。

 2020年の「オリイジン」のインタビュー*2 で、津田さんはこう語っている。

「あーちではさまざまな人が学び合うことで、必要な活動を作り出しています。そういう雰囲気のなか、課題を抱えている人たちも少しずつ元気になって、あーちの活動の担い手になっていくのです」

*2 「オリイジン」配信記事[ウィズコロナでも、誰も置き去りにしない「あーち」という空間

 開館5周年の2010年と10周年の2015年には、調査報告論文『「子育て支援を契機とした共生のまちづくり」実践の意義と課題:「のびやかスペース あーち」利用実態調査単純集計からの考察』が神戸大学から発表され、「あーち」は教育機関の研究施設としての役割も全うしている――しかし、その後、開館15周年となる2020年に思いがけない事態が起こった。

  新型コロナウイルス感染症の世界規模での拡大だ。