子育てを“きっかけ”にした、「あーち」での出会い
「あーち」は、いつでも、誰でも、行きたいと思ったときに、ふらっと立ち寄れることを目指した施設だ。それがコロナの影響によって不可能になった。感染防止のためにはしかたないことだが、自分の名前を予約フォームに書き込む、あるいは、電話で告げなければ参加できないという状況は、多くの地域住民にとって「居場所」を奪われたような感覚だろう。それでも、何とかして、一人でも多くの参加希望者のニーズに応えようと、津田さんをはじめ、施設のスタッフたちは尽力している。
……「居場所」を奪われたのは、常連の参加者ばかりではない。コロナ禍の2年以上の歳月は、新米パパ・ママが「あーち」を知り、訪れる機会をめっきり減らしてしまった。
「コロナ以前から、平日昼の時間帯の参加者は2歳未満の乳幼児とお母さんがメインです。そして、お子さんが2歳以上になると、『あーち』を“卒業”していく方々がたくさんいますが、コロナ期間中は、卒業どころか、一度も来られなかった方も多く、それがとても残念に思います」(津田さん)
厚生労働省が主導している「地域子育て支援拠点事業」の目的は、子育て中の親子が気軽に集い、相互交流や子育ての不安・悩みを相談できる場を提供することだ*6 。全国各地にある子育て支援施設*7 は、近視眼的な見方をすれば、保護者が乳幼児の子育てを終えれば、その利用がなくなるだろう。施設内で成し得た保護者間の交流も「ママ友・パパ友」で終わるかもしれない。しかし、「あーち」は、子育ての期間を、あくまでも、“きっかけ”に位置づけている。それは、“共に生きるまちづくり”のためのきっかけであり、冒頭に記したとおり、子育て支援の施設にとどまるスタンスではない。
*6 厚生労働省「地域子育て支援拠点事業」の説明資料より
*7 地域子育て支援拠点は、かつては、(1)地域子育て支援センター(センター型)、(2)つどいの広場(ひろば型)、(3)児童館型の3つに分類されていたが、2013年に、センター型とひろば型が「一般型」として統合され、児童館型は「連携型」と定義されるようになった。
「国の『地域子育て支援拠点事業』の背景には、地域社会での人と人のつながりが希薄になっていることがあります。地域に住む人たちのつながりが弱くなってきたので、公的に子育てを支援する施設が必要になっているのです。しかし一方で、“施設任せ”になってしまうと、子育て家庭がその空間だけを拠り所として、地域コミュニティがさらに弱体化していく可能性があります。『あーち』が目指しているのは、子育ての専門家が施設内で母親や父親をケアするだけではなく、『あーち』でさまざまな人が出会い、学び合い、そこでできた豊かな人間関係を、乳幼児の保護者をはじめとするみんなが地域コミュニティの中で生かすことです」(津田さん)