二つめの発見は、これまで会社を成長させてきた既存事業の企業文化が「両利きの経営」推進の障害にもなり得ることです。なぜなら既存の企業文化は、新規事業部門が必要とする起業家的な文化とは相反することが多いからです。

「両利きの経営」を実現するためには、経営者が意識して「既存事業部門の伝統的な文化」と、「新規事業部門の起業家的な文化」を併存させていかなければなりません。ところが、全く異なる文化を両輪で回すのは容易ではありません。

 経営者が相当な覚悟を持って二つの企業文化を管理しなければ、いくら新規事業開発用の新しい組織をつくったとしても、結果的に多くの社員が長いものに巻かれ、保守化してしまう結果となります。

 こうした二つの発見をもとに私たちはさらに研究を進め、増補改訂版では、イノベーションの三つの規律(「着想」→「育成」→「規模の拡大」)と「両利きの経営」における組織文化の役割について大幅に加筆しています。

AGCと富士フイルム、
2社の変革手法の違いとは

佐藤 「両利きの経営」(増補改訂版)では日本企業のAGC(旧・旭硝子)の事例についても加筆しています。その理由は何ですか。

オライリー 「両利きの経営」ではすでに富士フイルムの事例を取り上げていますが、増補改訂版では新しい日本企業の事例を追加したいと思いました。いくつかの候補の中からAGCを選んだのは、「伝統的な日本企業も変わろうと思えば変われるのだ」という事実を如実に示してくれた事例だったからです。

 ご存じのとおりAGCは110年以上もの歴史を持つ長寿企業です。優れたテクノロジーも製造能力もある。ところが、近年は日本の他の製造業と同じようにコモディティー化の問題に直面していました。主力のガラス事業は市場競争にさらされ、伸び悩み、さらに他の既存事業も大きく成長する余地はなさそうな状況でした。

 私たちが注目したのは15年に社長に就任した島村琢哉氏(現・AGC取締役兼会長)が、実際にどのように「両利きの経営」を実践していったかです。特に、富士フイルムとの比較で興味深かったのは、変革の手法です。

 富士フイルムの古森重隆氏(現・富士フイルムホールディングス最高顧問)がトップダウンで一気に改革を断行していったのに対し、島村氏はトップダウンとボトムアップを併用した手法で時間をかけて改革を進めていった印象があります。このリーダーシップスタイルの違いも面白いと思いました。