コロナ禍で働き方や生き方を見直す人が増えている。企業も戦略の変更やアップデートが求められる中、コロナ前に発売され「アフターコロナ」の価値転換を予言した本として話題になっているのが、山口周氏の『ニュータイプの時代――新時代を生き抜く24の思考・行動様式』だ。
本書を読んだ人から「モヤモヤが晴れた!」「今何が起きているかよくわかった!」「生きる指針になった!」という声が続々集まり、私たちがこの先進むべき方向を指し示す「希望の書」として再び注目を集めている。
そこで本記事では、本書より一部を抜粋・再構成し、ギブ&テイクの最終的な利得の差についてご紹介する。

【山口周・特別講義】「長く、マラソン化する人生」最終的に成功した人たちの共通点Photo: Adobe Stock

かつて「共有」は悪だった

 アメリカでは、長いこと「共有」という概念は資本主義の仇敵である共産主義者のドグマだと考えられてきました。

 たとえば、ビル・ゲイツはかつて、リナックスに代表されるフリーソフトウェアを擁護する人々に、考えうる限りの罵詈雑言を浴びせていました。

 ゲイツによれば、フリーソフトウェアの信奉者は「現代の新しい共産主義者」であり、アメリカンドリームを支えている「市場を独占したい」という情熱に冷や水をぶっかける邪悪な存在だ、というのです(*1)

 ゲイツによれば、アメリカンドリームの体現者というのは、欲深く、不寛容で、他者との共存を許さない人物ということになるわけですが、そのような人物になることが本当に「国を象徴する夢」なのだとすれば随分とまあ卑賤な夢を掲げたものだと思わざるを得ません。

「市場の独占」は今や富とリンクしない

 しかし幸いなことに2019年の時点で(編集部注:本書の刊行は2019年)、Airbnb に代表される「共有を促進するプラットフォーム」を提供するビジネスは巨大な時価総額を誇っており、創業者が間違いなくアメリカンドリームの体現者として認められていることを考えれば、ビル・ゲイツが想定したような「夢」はまさにオールドタイプのそれだった、ということなのでしょう。

山口周山口 周(やまぐち・しゅう)
独立研究者、著作家、パブリックスピーカー
電通、BCGなどで戦略策定、文化政策、組織開発等に従事。著書に『ニュータイプの時代』『ビジネスの未来』『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』など。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院文学研究科修士課程修了。株式会社中川政七商店社外取締役、株式会社モバイルファクトリー社外取締役。

 現在に至っても、このようなオールドタイプの考え方、つまり「独占は共有よりも経済的な価値が大きい」というドグマを信奉する人はいまだに少なくありません。

 ところが、ここにきて急速に「独占」と「富」がリンクしない世の中が出現しつつあります。

 個人が無償で執筆に協力することで成立しているウィキペディアが営利事業として運営されてきたほとんどすべての百科事典を破綻に追いやり、画像や音楽などを著作権者の許諾なしで合法的に活用するためのプラットフォームであるクリエイティブ・コモンズが14億を超えるコンテンツを収納している(*2)という事実を踏まえれば、私たちは「独占を目指すことで富を極大化できる」というオールドタイプのドグマを刷新し、いたずらに独占を目指さず、むしろ積極的に他者と実りを共有することで、全体としての富を大きくしていくことを目指すというニュータイプの行動様式に転換すべき時期に来ているように思います。

マラソン化する人生での成功要因とは?

 少し視点をより個人的な論点に移してみましょう。

 オールドタイプが独占を目指すのに対して、ニュータイプは共有を目指しますが、共有を目指すためには、まず自分の持っているものを差し出すこと、つまり「ギブ&テイク」でいうところの「ギブ」が必要になります。

 しかし、このような指摘は多くの人にとって大変抵抗感があるでしょう。というのも、なんの見返りも期待できない段階で、自分からギブすれば、単なる「与え損」になってしまうように思われるからです。実際のところはどうなのでしょうか。

 ペンシルバニア大学ウォートンスクールの組織心理学者アダム・グラントは、大規模な調査を行い、「まずギブする人=ギバー」と「まずテイクする人=テイカー」とを比較し、中長期的に大きな成功を収めている人は圧倒的にギバーが多いことを明らかにしました(*3)

 一方で、テイカーはどうだったかというと、短期的には評価を獲得するものの、中長期的にはギバーに劣ることがわかったというのですね。これはつまり、100メートル走を走るのならテイカーが有利だけれども、マラソンを走るならギバーが有利だ、ということです。

 私たちの職業人生は長期的な伸長傾向にあり、ますます「マラソン化」が進むことになります。これはつまり、人から奪い、独占しようとするオールドタイプ=テイカーよりも、人に与え、共有しようとするニュータイプ=ギバーの方が、ますます有利になる社会がやってくるということです。

 さらに重ねて指摘すれば、多くの人が組織の境界を越境して働くようになり、個人に対する評価や信用などの社会資本がブロックチェーンなどの技術によって公共空間に蓄積されることになれば、ある個人の評判はすぐにネットワークを通じて他者と共有されることになります。

 当然ながら、まず人から奪おうとするテイカーにはそのような評価が付きまとい、ネットワークでの価値は大きく毀損されることになるでしょう。

ブラックホールのようにエネルギーを吸い取る人たち

 この点について興味深い示唆を与えてくれるのがミシガン大学の社会学教授、ウェイン・ベイカーらによる研究です。この研究では、従業員にお互いの関係を「非常にエネルギーを奪われる」から「非常にエネルギーを与えられる」までの5段階に分けて評価してもらったところ、でき上がったマップは銀河系そっくりになったのです(*4)

 テイカーはブラックホールのように、周囲の人々からエネルギーを吸い取っていました。一方でギバーはまるで太陽のように周囲の人々にエネルギーを注入していたのです。ギバーは活躍の成果を独り占めすることなく、積極的に他者を応援し、仲間が活躍できる機会を作っていました。

 このような世界にあって、短期的な独占を求めて他者から奪おうとするテイカーの行動様式はオールドタイプと言うしかありません。一方、ニュータイプはまずギブし、自分の持っているものを他者と共有しようとします。

(*1)Michael Kanellos, “Gates Taking a Seat in Your Den,” CNET, January 5, 2005
(*2)https://stateof.creativecommons.org/
(*3)ちなみにグラントの研究によると、簡単にテイカーを見抜く方法がある。それはフェイスブックのプロフィール写真を見ること。グラントによれば、テイカーの写真はナルシスティックで明らかに実物以上によく見える写真をプロフィールに用いていた。また友達の数が多いのもテイカーの特徴だった。頼みごとをするための人脈をせっせと築いているということらしい。
(*4)https://www.researchgate.net/publication/40966369_What_creates_energy_in_organizations

(本稿は、『ニュータイプの時代――新時代を生き抜く24の思考・行動様式』より一部を抜粋・再構成したものです)