書籍『学習する組織―― システム思考で未来を創造する』は、誰かに言われて動くのではなく、一人ひとりが自分で考えて動く組織にするにはどうすればよいかを問い、また、相互のつながりに着目する「システム思考」の考え方を説く。世界200万部超のベストセラーとなった同書の著者、MIT経営大学院上級講師ピーター M.センゲ氏が、組織のつながりがリモート化するいまをとらえて語った示唆、また、その教えを実践する3人の報告から、「学習する組織」の可能性が見えてきた。

コロナ禍が人類に暗示した「リレーショナル・フィールド」の重要性

 人をベースとした経営・戦略や組織、そしてイノベーションに関する情報を提供している「ダイヤモンド・オンライン 経営・戦略デザインラボ」(主催:ダイヤモンド社ビジネスメディア局)が、「テクノロジーの進化と学習する組織」をテーマにオンライン開催された(6月8日実施、定員250人)。

 同イベントの基調講演に立ったのは、『学習する組織―― システム思考で未来を創造する』の著者であり、マサチューセッツ工科大学(MIT)経営大学院上級講師のピーター M.センゲ氏だ。米バーモント州の滞在先からリモートで参加したセンゲ氏は、日本の参加者にこう語りかけた。「コロナ禍に見舞われる昨今、『リレーショナル・フィールド』の質が重要視されている」

テクノロジーの進化は組織の進化に影響するか。カギとなるのは「リレーショナル・フィールド」『学習する組織―― システム思考で未来を創造する』著者
MIT経営大学院上級講師
ピーター M.センゲ

 コロナ禍で多くの人間が他者や社会との接点を持てず不安・ストレスを増大させている中、センゲ氏は「テクノロジーの進化が不安やストレスをより増幅させている」と背景を語り、テクノロジーの偏在が問題であると指摘した。

「米国の10代の若者は1日平均600~700通のメッセージを受け取ります。ガジェットの受信メッセージはそれほど高頻度で、彼らはすぐに返信しなければ気が済まない。もちろん世界中の人とリモートでつながれるなど、テクノロジーの有効性は認めるべきですが、いまあるテクノロジーの根本的な問題は、『意識の散漫さの源』になっていること、そして私たちの体内リズムをとても不自然なペースへと同期させ始めていることです。生態系システムは、こんなに注意を求められるように進化してこなかったため、人類のメンタルヘルスやウェルビーイングを悪化させています」

 事実、主に将来への不安から、若者の自殺率が過去10年で倍近くに跳ね上がっているが、ビジネスパーソンも同様だと警告する。センゲ氏が特に注視しているのは、「経済的に重要な意思決定と、その意思決定のための指標の間に起こるミスマッチ」だとして、このようなエピソードを紹介した。

「ビジネスパーソン4人ほどが集まる朝食のテーブルから聞こえてくるのは、目の前にある『取引』のことばかり。ガジェットで高頻度にメッセージを送受信している中、いつの間にか取引の『スピード中毒』になってしまい、組織を成長させる意識や長期的な結果を重要視する意識が損なわれている。テクノロジーは本質的に良いものでも悪いものでもない、それをどう使うかが問題なのです」

 センゲ氏はこうした状況がビジネスの現場で常態化しているいま、「リレーショナル・フィールド」(関係づくりの場。「ソーシャル・フィールド」とも呼ばれる)こそがカギを握ると説き、ある種の「目覚め」の時が訪れようとしていると見る。

『学習する組織』初版がリリースされた1990年代、すでに社会は複雑で変化の激しい時代に突入していた。同書は、我々が所属する組織が変化に対応するために、絶え間なく「学習」し続け、自律的かつ柔軟に進化することが必要であることを教えてくれた。

 世界で200万部以上のベストセラーとなったこの一冊が、地球規模のパンデミックに揺さぶられ、組織のコミュニケーションの多くがリモートにシフト、従来型のマネジメントが通用しなくなったいま、新たな光を放っている。経営者はもとより、組織を構成するすべてのメンバーは、いま一度センゲ氏が語る言葉に耳を傾ける時が来たことを感じる基調講演となった。