私たちは技術力を高めるために
非常に効率の悪い戦略を追求している

「人が人間であることを意識しながら、人が育つ組織をつくるには何をすべきか?」という回答のひとつとして、10年か20年のうちに、健康やウェルビーイングが、教育のおもな目標になっていくと考えられます。技術的・知的なスキルは、健康な人間の中でこそ、最大限に発達するからです。

本Photo by Teppei Hori

 ちなみに、今日ではあまり「学習する組織」という表現は使わなくなっています。「学習すること」は、そもそもの「教育」に深く関わっていることが明らかになっているので、言葉にする必要もほぼないからです。

 教育システムの大きな誤りは、「人間性」と「技術」を切り離せるという前提に立っていることです。技術を学んでいるのは誰か? ほかならぬ人間です。でももしその人がストレスを感じ、自分を理解できず、目的意識もなく、他人とのつながりも感じられないとしたら、技術的な能力を発揮することができるでしょうか? できませんよね。

 人間的なつながりや、人間的な成長を、置き去りにして技術ばかりを追う現代では、皮肉なことに私たちは、技術力を高めるために、もともと持っていた効率のよい学習方法を捨て、非常に効率の悪い戦略を追求していることになるのです。

 マレーシアの辺鄙(へんぴ)な場所で育った、ある華僑の人の話をしましょう。

 彼は6歳ぐらいの時に、学校で、孔子や孟子などの詩歌を朗読していたそうです。古い時代の中国では(植民地政策によってこの習慣は失われてしまいましたが)、みんなで一斉に朗読することで、「社会的な調和」の基礎が育まれると考えられていました。

 内容を理解していたのかと聞くと、「いやいや、わかるようになったのは40歳を過ぎてからです」と言っていました。

 つまり、朗読は「知的な理解」を目的とはしておらず、1日に2時間、「一緒に読み上げるという経験」自体に意味があるのです。そうすることで、「社会的な調和」とはどういうことなのか、身体を通して、社会性の中で理解できるのです。

人間が人間として成長するために
生物システムを理解する必要がある

 私は15年ほど前、前述のナン先生と一緒に、2500年前の中国の教育方法に基づいた中国初の学校を設立する機会に恵まれました。

 子どもが技術的、合理的、論理的なスキルを身につける準備ができるのは、8〜9歳になってからという考え方があり、それもまた間違ってはいないのですが、古典的な中国の教育では、その前から準備は始まっていると考えています。

 その学校では、5歳から7歳まで、子どもたちは太極拳をします。太極拳は、「マインド・ハート・ボディ・システム」(=私はどのような状態かを考える/インタビュー第1回参照)と同じ原理の運動です。創作のプロセスを理解するため、5歳で書道を始め、中国古典の朗読や暗唱もします。

「私たちは人間である」「人間であるとはどういうことなのか」ということを見つめ直さなければならない今、太極拳、書道、古典の暗唱という身体を使った経験は、「人間の成長」を投影した暗喩として、非常に美しいものだと思います。「人間が社会的な生き物である」ことがわかる事例です。

 このようにして、人が人間として成長するためには、人間が社会的な生物であることを認識し、その生物システムや、創造のプロセスを理解しなければなりません

 システム思考は、「因果ループ図」や「氷山モデル」などの典型的な思考ツールをはるかに超えるものなのです。

――頭でシステムを理解する以上のものなのですね。

 はい。こうした分野の研究では、総合的な成果がいろいろと出始めています。私の同僚のメッテ・ボルは、生物学が専門で、動物とのコミュニケーションを研究していました。彼女は、「人が自らを社会的な生物であることを認識しない限り、学ぶことはできない」と言います。

 社会的存在としての人間性を極めることができれば、技術面も極めることができるでしょう。教育者は、人間的な側面を強く意識する必要があります。